第三十五章 ジェームズ・オニールの思惑
横山照光は、かすみが欠席したのを知り、落ち込んでいた。
「かっすみちゃあんが来ないと、学校に来る意味がないよお、勇太」
横山は目を潤ませて、廊下を歩いていた親友の風間勇太を追いかけて言った。勇太は苦笑いして、
「仕方ないだろ。かすみちゃんもいろいろあるんだからさ」
最近はそうでもなくなったが、一時期は、今では完全に彼女となった桜小路あやねがかすみの話題を出すと露骨に不機嫌になったので、勇太としては、横山の愚痴を聞きたくはない。そして、もう一つ、理由がある。
「この底なしバカ!」
横山の幼馴染みの五十嵐美由子の鞄角攻撃が炸裂するからだ。無防備だった横山は、
「ぐげっ!」
奇妙な叫び声をあげて、そのまま前のめりに廊下に倒れた。
「あんたがそう思っている事をかすみさんが知ったら、転校しちゃうからやめてよね!」
美由子とあやねは、かすみが自分達に迷惑をかけているのを気に病んで、どこかに行ってしまうのではないかと思っているのだ。
「いでえな、ゴリラ女!」
横山が涙目で抗議したが、美由子はフフンと鼻で笑って、
「よかったわね、神経がある証拠よ」
悪びれもせず、言い放った。横山はムッとしたが、
「それから、みずほちゃんも休みなんだよねえ。もう、どうしたらいいんだろう?」
美由子を無視して、更に勇太に言ったので、
「学習能力ないのか、お前は!」
もう一度、美由子の鞄角攻撃を食らってしまった。
その頃、あやねは理事長の慈照寺香苗に呼ばれて、理事長室にいた。
「貴女は、道明寺さんの事をいろいろと知っているのよね?」
香苗はあやねにソファを勧めながら切り出した。あやねは会釈して腰を下ろし、
「はい。かすみさんが
香苗はそれに頷きながら向かいのソファに座り、
「それで、彼女の家は知っているの?」
「知りません。かすみさんとは学校で会うだけで、お互いの自宅への行き来はないです」
あやねは理事長が何を知りたがっているのかわからず、眉をひそめた。香苗はあやねの反応に気づき、
「ごめんなさいね、いきなりこんな事を訊いてしまって。貴女は、森石君も知っているわよね?」
「ああ、はい、知っています」
あやねは警視庁の公安部の捜査員だと名乗った森石章太郎の胡散臭そうな顔を思い出した。
「彼は私の大学の後輩なの。もちろん、同時に在学していた事はないけど」
香苗は苦笑いして付け加えた。あやねはどうリアクションしたらいいのかわからず、愛想笑いをし、
「そ、そうですか」
それだけ応じた。香苗は真顔になり、
「道明寺さんの住所に行ってみたのだけれど、そこは彼女の家ではなかったの。事情があって、本当の住所を学園に伝えていないのでしょうけど」
「そうですか」
あやねはそれを聞いてピクンとした。だから、自分達がかすみの自宅を知っていると思われたのだろうかと。でも、本当に知らないのだから、仕方がないと思った。
「先程、森石君から連絡があって、道明寺さんと二組の片橋留美子さんは、道明寺さんの家に行ったそうなの。警視庁に敵の異能者が現れて、戦いになって、何とか撃退したんだけれど、ボスだけ逃げてしまったらしいの」
香苗の話にあやねはギクッとした。
(逃げた?)
香苗はあやねが怖がってしまったと思ったのか、
「森石君は、ここに来る可能性はないと言っていたから、大丈夫。だから、道明寺さん達は彼女の自宅に行ったのだから」
「はあ……」
だが、実際に危ない目に遭っているあやねは、そう簡単に安心できない。
「この学園の高等部にいた先生で、国定修先生、マイク・ワトソン先生が、敵の異能者だったそうなの」
「ワトソン先生が!?」
あやねにはその事実は衝撃的だった。女子に特に嫌われていた国定が敵のサイキックだとしても、何の驚きもなかった。むしろ、やっぱりという感情しかない。だが、女子に人気があったイケメンのマイクが敵だったのはショックだった。
「それで、その穴を埋めてくれるはずだったジェームズ・オニールという駅前の英会話教室の講師も、同じくサイキックだったそうよ」
香苗が最後に言った名前は聞いた事がないので、あやねには何も思うところはない。
「それから、新堂先生を訪ねて来た雑誌社の女性も、敵のサイキックだったの」
その女性には、校門の前で声をかけられたので、あやねは少しだけびっくりした。
(かすみさん達、大丈夫だろうか?)
あやねは心配になったが、どうする事もできない自分が悲しくなった。
ジェームズ・オニールは自宅であるマンションのリヴィングのソファで、部下であるマイク・ワトソンと向かい合って座っていた。マイクは不敵な笑みを浮かべたままでジェームズが言葉を発するのを待っていた。
(メディアナがこいつを反省房から出して、俺に差し向けて来たのは、恐らくそういう事なのだろう。急がなければならないな)
マイクには精神的な異能の力がないのはよくわかっていたが、何故か彼の意識層を覗き見る事ができないので、ジェームズは最警戒をして自分の意識層に
「ガイア、私は具体的にどうすればいいでしょうか? 敵は四人ですよね? しかも、あのハロルド・チャンドラーもいますよね?」
マイクはニヤリとして、ジェームズの話を促すように言った。ジェームズはマイクを見て、
「ロイドは私が引きつける。お前は手塚治子と片橋留美子をかすみの家から引き離せ。そして、始末しろ」
マイクは目を見開いて、
「なるほど。手塚治子と片橋留美子には瞬間移動の能力はありませんからね。絶海の孤島にでも置き去りにすれば、戻って来られませんね」
「そうだな」
ジェームズはマイクの話を半分聞いていないような返事をした。
(何を企んでやがる、ガイア!?)
マイクはジェームズの心の中を覗けない事を悔しがった。
「そして、一人になったかすみを私が捕獲して、メディアナ様のところに連れて行く」
ジェームズは何の感情も込めずに告げた。マイクは肩を竦めて、
「想像以上に簡単な仕事のようですね。まあ、絶海の孤島で、女子高生や女子大生と隠れんぼでもしますか」
下卑た笑みで言った。ジェームズはそれに嫌悪の表情を見せたが、何も言わなかった。
「では、早速行動を開始してくれ」
ジェームズはそう言うと、マイクより先に瞬間移動した。マイクはフッと笑い、
(絶対に尻尾を掴んでやるからな、ガイア!)
そして、同じく瞬間移動した。
かすみは治子と留美子とロイドをリヴィングに通した。
「すごーい! この部屋だけで、私の家くらいあるわ!」
留美子は吹き抜けになっている天井を見渡して叫んだ。治子はそれを見て苦笑いしている。かすみも同様で、
「私は小さい頃から、この家が怖かったけどね」
それは大袈裟でも嘘でもない。高い天井が落ちて来るような錯覚をかすみは何度も見た。今になって考えると、それはまだ制御できていない予知能力の発現だったのだ。それからしばらくして、両親が死んだのだから。もっとも、両親が交通事故死した時、かすみは施設に入れられていたのであるが。
(家族っていいな)
かすみはロイドだけではなく、治子にも留美子にもそんな感情を持っていた。
「ちょっと出て来る」
不意にロイドが瞬間移動してしまった。治子と留美子がかすみを見た。
「何か感じたのかしら? 私にはわからなかったけれど」
治子が言うと、かすみは頷いて、
「私も何も感じていません。ロイドにしかわからなかったのでしょうか?」
三人は一気に不安になった。
そのロイドは、あるビルの屋上でジェームズと対峙していた。
「一体どういう事だ、話があるというのは?」
ロイドがガラス玉のような目を細めて尋ねた。するとジェームズは、
「どういう事もこういう事もない。事は急を要する。協力して欲しい」
ロイドの目が更に細くなった。
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