第三十一章 ロイドの逆襲

 ロイドはゆっくりとかすみ達に近づくと、壁にハンガーでかけられていたフロックコートを念動力サイコキネシスで取り、手塚治子にかけた。

「あ、ありがとう……」

 ロイドの思ってもいなかった紳士的な行為に治子は驚きを隠し切れずに礼を言った。かすみと片橋留美子は目を見開いてロイドを見ている。ロイドはそんな三人の反応を気にも留めずもう一度ジェームズを見た。

「ガイア、俺がこいつをぶっ潰しちまっていいですか? 楽しみを邪魔されたのがムカつくんで」

 カルロスが陽気な笑みを封印し、目を吊り上げてロイドを見た。ジェームズはフッと笑い、

「好きにしろ。但し、舐めてかかるなよ」

 そう言って一歩下がった。それに呼応するようにカルロスが前に出た。

「おい、無表情男、俺が相手をしてやるぜ。覚悟しな」

 カルロスはロイドの周囲の空気を一瞬にして凍らせ、ロイドを氷の中に閉じ込めた。

「ロイド!」

「ロイドさん!」

 かすみ達が一斉に叫んだ。カルロスはニヤリとして、

「何だよ、口程にもねえな、おい。その程度でガイアに刃向かうなんて、バカじゃねえの」

 腹を抱えて大声で笑った。すると、ロイドは氷を粉微塵に破壊し、

「そうだな。確かにこの程度で俺に喧嘩をふっかけるなんて、バカだな、能天気男」

 ガラス玉のように冷たい目でカルロスを見据えた。カルロスはギリッと歯を軋ませて、

「ふざけやがって! ぶっ殺してやる!」

 今度はロイドの服の温度を急上昇させた。ロイドの服からブスブスと煙が立ち上り始めた。

「少し肌寒かったからな。ちょうどいい温度だ。気が利くな」

 ロイドは全く慌てる事なく、カルロスを見ている。カルロスはムッとして、

「かっこつけてるんじゃねえぞ、このヤロウ!」

 更に服の温度を上昇させた。遂にロイドの服が発火した。

「ロイド!」

 かすみがそれを見て叫んだが、ロイドは、

「もう少し温かくしてくれ。さっき、お前に氷づけにされて、 風邪をひいたらしい」

 その言葉にカルロスはますますヒートアップした。

「だったら、望み通りにしてやるよ!」

 ロイドの服が一瞬にして炎に包まれ、彼自身も見えなくなった。かすみと治子と留美子が息を呑んだ時、

「これで最高なのか? 全然熱くないぞ? 手加減していないか、能天気ヤロウ?」

 冷静なロイドの声が炎の向こうから聞こえて来た。カルロスは一瞬、ギョッとしたが、

「これならどうだ!」

 ロイドを包む炎が天井に届くくらい大きくなった。

「どうだ、もう口も利けねえだろ!? 謝ったっておせえぞ!」

 カルロスは何故か額に汗を滲ませて怒鳴った。彼はロイドを恐れているようだ。

「ありがとう、これで身体が温まったよ」

 ロイドの声が聞こえたと思った次の瞬間、炎は一瞬にして消えた。しかも、ロイドは全く負傷しておらず、そればかりか、服は焦げてさえいなかった。かすみ達は唖然としてロイドを見ていた。

「ど、どういう事だ……?」

 カルロスの顔は汗塗れになっていた。服が燃えていない理由がわからないのだ。

「カルロス、お前ではロイドには勝てない。ロイドはお前の力を直前で押し止めて、自分の発火能力パイロキネシスで火を点けていただけだ。それもわからなかったお前に勝機は微塵もないぞ」

 ジェームズは真顔で言うと、立ち尽くしたままのカルロスの左肩を掴み、グイッと自分の後ろに下がらせた。

「何だ、もう終わりか、能天気?」

 ロイドは服の襟を直しながら、相変わらずの無表情で言った。カルロスはカッとなって前に出ようとしたが、ジェームズがそれを手で制し、

「下がっていろ、カルロス。これは命令だ」

 その口調の鋭さにカルロスは顔色を変えて、

「は、はい……」

 一歩二歩と後退あとずさった。

「カスミ、離れていろ」

 ロイドはジェームズを見たままで告げた。かすみは黙って頷き、治子と留美子を伴ってロイド達から離れた。ジェームズはそれを見てフッと笑い、

「賢明だな、ロイド」

「余計な事を言っている場合ではないぞ、外道が。お前に対する礼は、能天気にした程度のものではすまさないからな」

 ロイドは目を細めてジェームズを見た。ジェームズもロイドを見た。

(部屋から出た方がいいくらいかも……)

 かすみは思わず唾を呑み込んだ。治子と留美子は手を握り合って対決の行方を見守っている。

「え?」

 かすみ達は、ロイドとジェームズの間の空間がゆがむのを見た。そして、部屋全体を揺るがすような振動が起こり、何かが弾けたように歪みが元に戻った。

「おい、何が起こっているんだ?」

 三人の背後に回った森石章太郎が小声で尋ねた。森石はジェームズの隙をずっとうかがっていたのだが、彼が全く隙を見せなかったので、諦めたのだ。かすみはチラッと森石を見て、

「ロイドとガイアの間でサイコキネシスがぶつかり合って消滅したのよ。互角だったみたい」

「そうか……」

 森石はロイドが更に強くなったのを感じた。

(こいつ、眠っている間に何か覚醒したのか?)

 森石は目を細めてロイドを観察した。

「あ!」

 治子はジェームズが精神測定サイコメトリー能力を使うのを感じた。

「ロイドさん!」

 治子が叫ぶと、ロイドは一瞬だけ彼女を見て、またジェームズを見た。

「え?」

 それが何なのか、治子にはすぐにはわからなかったが、

「ほお。お前も使えるようになったのか、ロイド?」

 ジェームズの言葉で理由がわかった。ロイドはジェームズを見たままで、

「何度も同じ手でやられる程、俺も小者ではない」

 チラッとカルロスを見た。カルロスはそれに気づいたらしかったが、反応しなかった。いや、できなかったのだろう。

「さすがだ、ロイド。やはりあの時、始末しておくべきだったな」

 ジェームズは苦笑いして言った。しかし、ロイドは無表情のままで、

「今更遅い。お祈りはいいのか? お前は無神論者か?」

 その言葉にかすみはビクッとした。治子もロイドの感情を読み解いたのか、目を見開いて彼とジェームズを見た。留美子はキョトンとして、表情を強張(こわば)らせた治子を見た。

「お祈りの必要はない。死ぬのはお前だからだ、ロイド。いや、ハロルド・チャンドラー」

 ジェームズの笑みが嘲笑に変わった。ロイドが目を細めた。再び、二人の間の空間が歪む。そして、更にその後方から、パイロキネシスの業火が出現し、相手に向かって突進した。

「うは!」

 森石が思わず呻き声を上げた。かすみと治子は固唾かたずを呑んで見守っており、留美子は治子の背中にしがみついた。

「安らかに眠れ、ハロルド」

 ジェームズは右の口角を吊り上げて言った。サイコキネシスの波動がまた弾け、その後方から接近していた業火がぶつかり合った。しばらくせめぎあっていたが、ロイドの放った業火が消し飛び、ジェームズの業火がロイドに迫った。その業火はロイドの炎を食ったのか、巨大化しており、ロイドには逃げ場がない。瞬間移動も間に合わないとかすみは思ったが、

「そんな弱火で俺が殺せると思っているのか、外道?」

 ロイドは言うと、もう一度業火を出し、ジェームズのそれにぶつけた。

「む?」

 ジェームズが眉を吊り上げた。ロイドの二番目の業火はジェームズの業火に激突すると、それを押し包むようにして止めた。そして、逆に呑み込み返し、ジェームズに向かって進み始めた。

「形勢逆転か?」

 森石が呟いた。

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