第三十章 復活
手塚治子はあまりの衝撃に目を見開いたまま、動けなくなっている。
(治子さん……)
ジェームズ・オニールを嫉妬からずっと疑っていた片橋留美子でさえ、驚きを隠し切れない。二人は自分達を封じ込めた氷を取り除く事を忘れてしまっていた。それに対して、ある程度ジェームズの正体を予測していたかすみは、自分を取り囲んだ氷を瞬間移動の力を使って割り、何とか脱出した。
「うわ、道明寺、お前……」
森石章太郎はほんの一瞬だが、かすみの胸と尻を見たので、顔が真っ赤になった。
「森石さんのエッチ!」
かすみは脱ぎ捨ててあった制服のそばに移動したので、すぐにそれを手に取って肌を隠した。
「ヒュウ、予想以上のおっぱいだったな、かすみ?」
カルロスは下卑た顔でにやけて言った。
「さてと。貴女の秘めたる力を解放しましょうか、かすみさん」
ジェームズは正体が発覚したにも関わらず、そんな事はなかったかのように告げる。森石はキッとしてジェームズから離れ、彼を睨みつけると、
「ふざけるな! 貴様、最初からこうなる事を考えて行動していたのか!?」
大声で怒鳴った。しかし、ジェームズは森石を完全に無視して、
「さあ、かすみさん、私と行きましょう」
その顔は微笑んでいる。かすみは下着を付けながらジェームズを睨みつけ、
「嫌です。貴方はあのテロリストのアルカナ・メディアナの味方なんでしょう?」
ジェームズはその問いかけに肩を竦めて、
「そうですよ。それがどうかしましたか?」
かすみだけでなく、無視された森石もムッとした。かすみは制服を着て、
「どうかしましたかって、貴方は私達の敵なんでしょう? それなのに私を誘うって、どういうつもりですか!?」
声を荒らげて言った。
「そうだ。一体どういうつもりだ?」
森石は言葉はジェームズに向けていたが、目はかすみを見たままだ。かすみもその視線に気づき、呆れたが、そんな事を突っ込んでいる場合ではないと思い、
「そんな誘いに私が応じると思いますか?」
冷静な声に戻って尋ねた。ジェームズは微笑みをやめ、真顔でかすみを見た。
「なるほど、確かにそうですね。しかし、こうしたら、どうですか?」
かすみの背後で物音がした。ハッとして振り返ると、ベッドに横になっていたロイドが宙に浮かんでいるのが見えた。
「ロイド!」
かすみは叫んでから、すぐにジェームズを睨(ね)め付けた。
「ガイア、こっちの二人と一匹は始末しちまっていいんでしょ?」
カルロスは待ちかねたように言った。するとジェームズはかすみを見たままで、
「まだ待て。その三人を始末するのは、かすみさんが屈服しなかったらだ」
かすみと森石の目がほぼ同時に見開かれた。ジェームズは再び微笑んで、
「さて、どうしますか、かすみさん? 貴女が我がままを言うと、仲間の命が一つずつ消えていく事になりますよ?」
かすみは氷の中の治子と留美子、そして宙に浮かんでいるロイドをチラッと見てから、歯軋りした。
「ほお。それでもなお、貴女は自分の我を通すという事ですね?」
ジェームズの目が細くなり、ロイドの身体が天井近くまで浮き上がった。
「このまま下に落としたら、無防備なロイドはどうなりますかね、かすみさん?」
ジェームズはニコニコしたままでかすみを見る。しかし、その目は笑っていなかった。
(ここでこの男の言う通りにしても、みんなが助かる可能性は低い……。でも……)
ジェームズが本当に敵のリーダーのガイアだとすれば、ロイドは間違いなく床に叩きつけられ、重傷を負う。そして、それでもかすみが従わなければ、治子も留美子もカルロスに殺されてしまうだろう。進退窮まったかすみは、全身から汗を噴き出し、どうすればいいのか懸命に考えた。しかし、わからなかった。
「どうしますか、かすみさん? 返事をしてください。いつまでも引き延ばすのはなしですよ」
ジェームズの顔からまた笑みが消えた。かすみは悔しさのあまり、涙を流し、
「ロイドを下ろして……。貴方の言う通りにするわ……」
そして、俯いてしまった。
「道明寺、何言ってるんだよ!?」
森石は自分の命を助けるためにかすみが下した決断に仰天して怒鳴った。ジェームズはフッと笑ったが、カルロスは舌打ちをした。
「賢明な判断です、かすみさん」
ジェームズはロイドをベッドに戻し、かすみに近づいた。
「道明寺!」
森石が駆け寄ろうとすると、
「おっと、お前は大人しくしてろよ、色男」
カルロスが床の温度を上げて森石の靴の裏を溶かした。
「あち、あち!」
森石は思わず
「さあ、行きましょうか」
ジェームズはかすみの背中に手を回して言った。かすみはチラッと森石を見てから、
「ええ……」
小さく頷くと、歩き出した。カルロスは留美子が
「無駄だよ、留美子ちゃん。いくら砕いても、同じだけ凍っていくんだからさ」
彼の言う通り、氷の厚さは一向に変わっていなかった。それに気づいた留美子は力を使うのを諦めた。治子は下着姿なので、寒さで凍えていた。そのせいで集中力が低下し、自慢の
(畜生、こんな時、何を呑気に寝てやがるんだよ、ロイド! 何とかしろ! かすみが連れて行かれちまうんだぞ!)
森石は全く動く気配がないロイドを見て心の中で叫んだ。無駄なのは理解していたが。
「カルロス、もうその二人の女には構う必要はない。用済みだからな」
ジェームズの非情な一言に、凍りついているにも関わらず、治子は涙を流した。
(酷い、ジェームズ……)
すると身体の中から熱が放出されていくのがわかった。しかし、それは氷を溶かすような熱ではなく、千里眼の力を呼び起こす熱だった。
(そうか!)
治子はある事に気づいた。そして、千里眼の力を部屋を出て行こうとしているかすみに向けて放った。
「へいへい」
カルロスは肩を竦め、森石を威嚇しながら、ジェームズに続いて部屋を出ようとした。
(治子さん?)
かすみは治子の力を感じ、同時に治子が何を考えているのかも理解した。
「む?」
治子の動きを感じ取ったジェームズが振り向いた。
「何をしている、治子? 悪足掻きだぞ」
ジェームズは哀れむような視線を治子に向けた。その時、治子と留美子を覆っている氷が同時に粉微塵になった。
「何だと!?」
信じられない現象を目の当たりにして、カルロスが怒鳴った。ジェームズも眉をひそめ、
「まさか!?」
そう言って、ロイドを見た。そのまさかだった。目覚めるはずがないロイドが起き上がり、こちらを見ていたのだ。
「ロイド!」
かすみが涙声で叫ぶ。
「ロイドさん!」
治子と留美子が異口同音に叫んだ。ロイドはそのガラス玉のような目をジェームズに向けたままで立ち上がり、
「えげつない手を使うな、ガイア? だが、もう二度と通じないぞ」
ロイドの周囲には、彼の怒りの波動で起こったのか、小さな雷のようなスパークが走っていた。
「一体どうやって……?」
ジェームズは治子とかすみを見た。そして、何かに思い当たったように目を見開き、
「千里眼と予知能力を組み合わせて、ロイドにぶつけたのか?」
かすみは治子に駆け寄り、震えている彼女を抱きしめて、
「そうよ。二つの力を合成すると、異能の力を消せるの。それに思い当たってくれたのは、治子さんよ」
留美子も治子に駆け寄り、抱きしめた。治子は恥ずかしさと感動で紅潮した顔をジェームズに向け、
「さあ、ここからはロイドさんの反撃よ、ジェームズ。覚悟なさい!」
鋭い口調で言った。
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