第二十六章 錦野那菜の力
警視庁の地下にある特別室では、強大な力を持つ二人の
「手塚治子、あんた、精神の壁を作ったのか!?」
光明子と名乗る錦野那菜は歯軋りして怒鳴った。治子はそんな那菜を蔑むように見てから、右手の人差し指で楕円形の黒縁眼鏡をクイッと上げ、
「そうよ。貴女の
那菜は目を吊り上げて、
「
そう言って、一旦力を打ち切り、別の波動を放とうとした。その一瞬の隙をかすみは見逃さなかった。
「はあ!」
かすみは那菜に向かって
「ぐえ!」
那菜はほんの数メートル瞬間移動させられ、背後にあった壁に叩きつけられた。那菜の口から血が噴き出し、彼女は崩れ落ちるように床に倒れ
「やった!」
片橋留美子がそれを見て叫んだが、かすみと治子の顔は険しくなっていた。
「え?」
留美子も二人が全く警戒を解いていないのに気づき、ギョッとしてもう一度那菜を見た。
「やってくれるじゃねえかよ、クソ女共が!」
床に顔を突っ伏したままの那菜が汚い言葉を吐いた。治子は目を細め、かすみは眉をひそめた。
「人格変換?」
治子が呟いた。すると那菜が大声で笑い始め、立ち上がった。その顔つきは先程より遥かに凶悪になり、同じ人間とは思えない程異質な気を発していた。
「何?」
かすみと留美子が異口同音に言った。すると那菜はニヤリとして、
「人格変換なんていう子供騙しじゃねえよ。この身体には、幾人もの精神が宿っているんだよ!」
治子は目を見開いた。
「何ですって!?」
那菜は口から垂れていた智を右の袖で拭い、右手の親指で残った血を拭き取ると、ペロリと舐めた。
「俺の大好きな那菜の身体に傷を付けてくれた礼はきっちりさせてもらうぜ!」
那菜がそう叫んだ瞬間、特別室全体が軋む程の波動が駆け巡った。
「誰にも真似できない力を那菜は持っているんだよ。すげえだろ? 一人で三人分の力を持っているんだよ」
那菜は
(それ程の力があったのなら、公園での戦いで使っていたはず。それを今ようやく発動したという事は、この女自身が制御できている訳ではないのか? かすみさんと同じく、命の危険に
治子は自身の能力である
「さすがクレヤボヤンスの使い手だな、手塚? だけど、それはちょっと違うぜ。見抜けるか?」
那菜は治子を挑発した。治子は更に力を強めて、那菜の意識層に入ろうとしたが、何かの力に阻まれて、それ以上進めなかった。
(今現出している人格は何?
治子は那菜の謎を探るのを諦め、今の状況の打開を考えた。
「ああ!」
その時、かすみは業火に取り囲まれる治子の姿を見た。
(この女の現在の力は
かすみは迷わず瞬間移動で治子の隣に行った。
「かすみさん?」
治子はキョトンとしたが、すぐにかすみの心を覗いて、真意を知った。
「死ねよ!」
那菜が次の瞬間、指先から一メートル四方の炎の玉を出し、治子とかすみに向けて放った。かすみと治子はクレヤボヤンスと予知能力の力を融合させ、炎の玉を消滅させた。ところが、
「そこまでは想定内だよ、おバカさん」
その更に向こうから、別の炎の玉が迫って来た。那菜が腹を抱えてもらっているのが見えた。
「な!」
治子とかすみは完全に虚を突かれた形になり、防御不能状態になった。
「燃え尽きちまいな、小憎らしい小娘共!」
那菜は大声で叫んだ。
「させない!」
すると留美子がサイコキネシスを使い、二人と炎の玉の間に机を飛ばした。だが、机は一瞬にして燃え尽き、炎の玉はかすみと治子に迫った。
「治子さん、かすみさん!」
自分の力が及ばなかったのに気づいた留美子が絶叫した。炎の玉がかすみと治子を覆い尽くした。
「いやああ!」
留美子は泣き叫んだ。炎はそのままその向こうの壁に打ち当たり、そこをも焼き尽くそうとしたが、サイキックの力を受け付けない金属でできている壁には傷一つ付かず、炎は消失した。
「あ、あ、あ……」
留美子はガックリと膝を着き、顔を両手で覆った。
「ざまあねえぜ、小娘共! 地獄で仲良く暮らしな!」
那菜はゲラゲラ笑って言い放った。だが、様子がおかしい事に気づいた。
「どういう事だ?」
那菜は
(どうしたの? まさか?)
そして、彼女の慌てぶりを見て、治子とかすみが死んではいないと悟った。
「どこだ!? どこにいやがる、ふざけた小娘共が!」
那菜は鬼の形相で涎を吐き散らして怒鳴った。
「ここよ」
かすみと治子は那菜の真後ろに現れた。
「くう!」
那菜はビクッとして振り返り、飛び退いた。
「何だ? 何をしたんだ?」
那菜はかすみの瞬間移動に何か
「教えてあげないわよ、貴女なんかには」
「自分で考えてみなさいよ」
治子が挑発するように言い添えた。
「治子さん、かすみさん!」
留美子が泣きじゃくりながら、二人に駆け寄った。
「ごめんね、留美子。ちょっと驚かしちゃったね」
治子が微笑んで言うと、留美子は涙を拭いながら、
「大丈夫です。お二人が無事なら、それでいいですから」
「ありがとう」
治子とかすみは口を揃えて礼を言った。
「次が来るみたいよ、かすみさん」
治子が那菜を見て言った。かすみは頷いて、
「そうみたいですね」
留美子はビクッとして那菜を見た。
「バカにしやがって! どいつもこいつも、バカにしやがって!」
那菜は短い髪を掻きむしり、目を血走らせてかすみ達を睨んだ。
「おや?」
治子はそんな激しい感情を剥き出しにしていた那菜の表情が潮が引けるように落ち着くのを感じた。
「どうしたんでしょうか?」
かすみも感じ取り、治子に尋ねた。治子は那菜を見たままで、
「これが三人目の特徴かも知れないわね」
那菜の顔は穏やかになり、血走っていた眼球も元に戻り、荒かった息も静かになった。やがて彼女は掻きむしった髪を手櫛で整え、微笑んだ。
「私が表に出て来るなんて、何年ぶりでしょうね?」
那菜はまるで修道院のシスターのような穏やかな雰囲気を漂わせ、かすみと治子を見た。
「何、この感じ?」
治子はその穏やかさに逆に恐ろしさを感じた。
「この女の能力は一体?」
かすみは那菜の意識層を探ろうと試みたが、やはり無駄だった。
「御機嫌よう、皆さん。そして、御愁傷様ね。私と出会った方は全員、あの世に旅立ってしまうのよ」
那菜は穏やかに微笑んだままで、寒気がするような声で言った。
「でも、安心して。一瞬で死んでしまうから、苦しんだりはしないのよ」
まるで展示物を説明する博物館の案内人のように告げる那菜を見て、かすみ達は身震いした。
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