第十四章 微笑みの殺戮者

 新堂みずほは、職員室に隣接している応接室で、名刺をマジマジと見ながら、首を傾げていた。

「高等部に美人でファッションセンスに秀でた先生がいらっしゃると聞いて、お伺いしたんです」

 そう言って、みずほに微笑んでいるのは、校門で風間勇太や桜小路あやねに声をかけた錦野那菜だった。

「あのお、どなたかとお間違えではないですか?」

 みずほは苦笑いして那菜を見た。すると那菜は微笑んだままで、

「いえ、間違えてはいませんよ、新堂先生。貴女は、大学時代からそのセンスを際立たせていましたから」

「え?」

 ますます思い当たる節がないみずほは、キョトンとしてしまった。だが、那菜は、

「私、貴女と同じ大学の教育学部出身なんですよ。ただ、単位を落としてしまったので、教員試験を受けられませんでしたけど」

 みずほは目を見開いて那菜を見た。

「ええ!? 私と同じ大学だったんですか? 先輩ですか?」

 那菜は苦笑いして、

「私、そんなに老けて見えますか? 同級生ですよ、新堂先生と」

 みずほは言い方がまずかったのに気づき、焦ってしまったので、

「あ、いえ、その、そんなつもりはなくてですね、私より落ち着いてらっしゃるので、年上かな、なんて思ってしまったものですから……」

 那菜はクスッと笑って、

「そんな新堂先生だから、生徒達に絶大な人気があるみたいですね」

 その言葉にみずほは真っ赤になり、

「人気だなんて、只、私は皆に子供扱いされて、いじられているだけですから……」

 恥ずかしくて、那菜の顔が見られなくなってしまった。

(もう、困っちゃうなあ、こういう人。苦手だなあ)

 みずほは全身から嫌な汗が噴き出している気がした。


「おう、何だ、いきなり。何があったんだ?」

 警視庁の公安部のドアを開いて廊下に出た森石章太郎は、そこにかすみが立っていたので一瞬ビクッとしてしまったが、何とか取り乱さずに尋ねた。かすみはそんな森石のリアクションに突っ込みもせず、

「高等部の体育の先生が、アルカナ・メディアナの組織の人間だったわ」

 すると森石は、全く驚いた様子もなく、

「ああ、そうみたいだな」

 実にあっさり応じたので、かすみは眉をひそめ、

「森石さん、知っていたの?」

「いや、知ってた訳じゃないさ。さっき、ロイドが来て、教えてくれたんだ」

 森石が説明すると、今度はかすみがびっくりした。

「え? ロイドが来たの?」

 森石は廊下を歩き出しながら、

「ああ。まだあいつはここにいる。全然奴の存在を感じられないだろ?」

 ニヤッとして振り返った。かすみは小走りに森石を追いかけながら、

「もしかして、以前、新堂先生が入っていた特別な部屋にいるの?」

 森石はまた前を向き、

「ああ。ロイドに部屋の性能を確かめてもらうために入ってもらったんだよ。なかなかいい感じらしいぜ」

「そうなんだ」

 かすみは、怪訝そうな顔ですれ違う庁内の人間にニコッとして会釈しながら応じた。

「ちょうど好かったよ。ロイドもお前に話があるって言ってたからさ」

 森石は廊下の突き当たりの-エレベーターの開閉ボタンを押して言った。

「私、これから学校に戻るんだから、あまり時間取れないよ」

 かすみが言うと、森石は開いた扉を手で押さえて、

「心配するな。香苗さんには俺から話しておくから」

 香苗さんとは、天翔学園の理事長の慈照寺香苗の事である。

「まあ……」

 かすみは森石の得意顔に呆れたように応じた。森石は扉を閉じながら、

「今なら、ロイドには俺達の会話は聞こえないぞ。あいつは本当はお前の事が好きなんだろう?」

「森石さん、悪趣味ね」

 かすみは半目で森石を見た。森石は笑って、

「冗談だよ。あの部屋の性能は信用しているが、ロイド自身がどういう人間なのか掴みかねているので、うっかりした事は言えないのはわかってるさ」

「だったら、言わない事だな」

 すると、いきなり森石の背後に噂の人であるロイドが瞬間移動して来た。森石はギョッとして振り返り、

「本当に人が悪いな、お前は。だからうっかりした事は言えないんだよ……」

 しかし、ロイドはその話を続けるつもりはないらしく、かすみに顔を向け、

「時間は取らせない。すぐにすむ」

 エレベーターは途中の階にロイドの念動力サイコキネシスで止められ、扉が開いた。

「あ、おい、いいのか、ここで?」

 森石が慌てて降りようとすると、ロイドは扉をサイコキネシスで閉じてしまった。エレベーターはさっきよりスピードを上げて降りて行く。

「うわああ!」

 中で絶叫している森石の声が聞こえ、かすみはロイドの意地悪に呆れてしまった。

「どこにいても、奴の『耳』から逃れられるとは思えないから、ここで話しても同じだ」

 それでもロイドは周囲に人がいない事を確認してから、

「俺はガイアという敵の事ではなく、ハルコの男の事を調べていた」

 ハルコとは、天翔学園大学に進学した手塚治子の事だ。そして、男とは、治子が絶大な信頼を置いている英会話教室の講師であるジェームズ・オニールの事である。

「え? ジェームズさんの事を?」

 かすみはハッとしてロイドを見た。ロイドはかすみを見て、

「奴の素性は何とか確認できた。妻と子供がメディアナの配下に殺害されたのも真実だった」

「そうなの……」

 かすみは改めてジェームズの境遇に心を痛めた。

「奴がメディアナに怨みを抱いているのは嘘ではないのが裏づけられた。ある程度は信用していいと思う」

 そこまで言って、ロイドは鋭い視線を廊下の端に向けた。かすみも殺気を感じ、同じ方向を向いた。

「そんなに大っぴらに内緒話をしていいのかねえ、ハロルド・チャンドラー、そして、カスミ・ドウミョウジ?」

 そう言って、微笑んだのは、かすみのクラスの英語講師のマイク・ワトソンだった。

「貴方も、アルカナ・メディアナの組織の人間なのですか、ワトソン先生? いつもより、日本語が流暢ですね」

 かすみは皮肉混じりに応じた。ワトソンはそれでも微笑んだままで、

「ああ。片言の日本語を話す外国人が、女子高生は大好きだと聞いていたのでね。それだけの事だよ、かすみ」

 その時、ロイドが、

「砕け散れ、外道!」

 いきなりサイコキネシスを発動した。

「ロイド!」

 かすみが驚く中、ワトソンはスッと瞬間移動した。ロイドの発した波動はそのまま廊下の端まで行き、壁をぶち抜いてしまった。

「そんな遅い攻撃では、私を倒す事はできないよ、ハロルド」

 ワトソンはロイドの真後ろに現れた。ロイドはそのガラス玉のように無感情な目を細め、

「それも想定済みだ」

 ワトソンの頭上に事務机が現れた。ワトソンはピューッと口笛を吹き、

「だが、無駄だ」

 またしても瞬間移動した。事務机は廊下の床にぶつかり、変形した。

「くっ……」

 次にワトソンが現れたのは、かすみの背後だった。彼はかすみの喉をグイッと右手で掴んだ。

「かすみを殺されたくなかったら、大人しくしろ、ハロルド」

 ワトソンはまだ微笑んだままで告げた。するとロイドは細めた目を見開き、

「何を思い違いをしている? カスミを 楯にはできないぞ。殺すなら殺せ。俺は全然差し支えない」

 ワトソンはロイドの言葉に動揺を全く感じ取れなかったので、逆に自分が動揺してしまった。その隙を突き、かすみは瞬間移動してワトソンから離れた。

「ちぃ……」

 ワトソンは初めて顔を歪め、舌打ちした。そして、

「また会おう、ハロルド、かすみ」

 瞬間移動して消えた。かすみはフウッと溜息を吐き、

「凄いわね。あの瞬間移動の速さ、ロイド以上だったんじゃないの?」

 ロイドは乱れたフロックコートの襟を正し、

「それは認めるが、奴にはそれしか能力がない。小者だ」

 かすみはその言葉に苦笑いした。だが、ロイドは、

「それでも、奴はガイアに近い存在のようだな。お前を襲った木偶でくぼうを始末したのは、奴だからな」

「ええ!?」

 かすみは驚愕のあまり、ロイドを見た。

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