第四章 敵の影
道明寺かすみは、英語の授業が終わった時、疲れ切っていた。
「グッバイ、エヴリバディ」
外国人講師のマイク・ワトソンが教室を出て行くと、グッタリとして椅子に寄りかかった。授業を聞きながら、敵の動き、ロイドと森石の動きを探っていたせいだ。
「大丈夫か、かすみちゃん? 具合が悪いの?」
風間勇太だけではなく、多くの男子が心配そうにかすみを見ている。かすみは苦笑いして、
「大丈夫。ありがとう、勇太君」
勇太はその言葉にニヘラッとした。他の男子達は殺意が
「かっすみちゃああん!」
するとそこへ、能天気の化身である横山照光が現れた。当然の如く、その後ろには五十嵐美由子がついて来ている。
「あ、横山君」
かすみはニコッとして横山を見た。彼女にしてみれば、只の愛想笑いなのだが、美由子にはそうは見えなかった。
(かすみさん、そんな笑顔で照を見ないでよ!)
何だかんだ言いながらも、実は横山に気がある美由子は、かすみが横山に全く恋愛感情がないのを知っているのであるが、それでも心配なのだ。
「相変わらず、仲がいいんだね、横山君と美由子さんは」
かすみが言った。意表を突かれた美由子は赤面し、油断していた横山は
「な、な、な……」
呂律が回らない程動揺している美由子。横山は顔を引きつらせて、
「かっすみちゃあん、このゴリラ女は俺の彼女じゃないんだよ。むしろ、俺の天敵なんだよ」
美由子はその言葉に一瞬泣きそうになったが、
「その通りよ! あんたみたいなゴキブリ男から、かすみさんのような可憐な女子を守るために日夜活動しているのよ!」
そばの女子の机から教科書を借りて、横山の
「ぐうう……」
備えをする間もなく奇襲攻撃を受けた横山は、そのまましゃがみ込んでしまった。
(相変わらず、容赦ないな、五十嵐さん……)
勇太は
「お騒がせしました」
美由子は教科書を女子に返し、踞る横山の襟首を掴んで引き摺るように教室を出て行ってしまった。
「凄いね、美由子さんは。横山君がちょっと可哀想」
かすみが呟くと、勇太は、
「それ、間違っても五十嵐さんに言わないでね。そうすると、また横山が殴られるから」
「え? どうして?」
かすみはキョトンとして勇太を見た。勇太はかすみの顔が至近距離にあるので、ドキドキしながら、
「五十嵐さんは、かすみちゃんを警戒しているんだよ。横山を盗られるんじゃないかと思ってさ」
するとかすみはくすくす笑って、
「そんな事しないよ。私、誰も好きになったりしないから」
「え?」
勇太ばかりでなく、男子全員がギクッとしてかすみを見た。以前は、勇太の彼女になった桜小路あやねの親衛隊に所属していた男子もいたのだが、勇太とあやねが公認のカップルになったので、一気にかすみに乗り換える動きがあったのだ。もちろん、かすみはそんな事を知らない。異能の力を使って探るつもりがないので、気づいていないのだ。
「だって、私が好きになった人は、命を狙われるんだよ」
かすみは自分の異能の力を知っている勇太に小声で告げた。その仕草を見て、他の男子達は勘違いの嫉妬をした。
「……」
勇太はそれどころではなかった。かすみの悲壮なまでの決意を知り、胸が熱くなってしまった。
(かすみちゃんは普通の女の子でいられないんだ……)
勇太は自分の軽はずみな言葉でかすみに
(ロイドと森石さんが来たみたいね)
かすみは教室を抜け出し、階段を駆け下りると、玄関へと走った。
「道明寺君、廊下は走らないようにね!」
バーコード頭で丸い黒縁眼鏡をかけたタラコ唇で太鼓腹の教頭が言った。しかし、言葉とは裏腹に彼の視線はかすみの太腿に釘付けである。
「申し訳ありません、教頭先生!」
かすみは振り返って頭を下げると、また走り出す。教頭はヒラヒラ舞うかすみの超ミニスカートに思わず唾を呑み込んだ。
(しかし、何故パンツが見えないんだ?)
そんな
かすみが玄関を飛び出した時、森石章太郎の運転する車が走って来て停止した。
「森石さん、ロイド、無事のようね?」
かすみが微笑んで言うと、助手席から降りたロイドは、そのガラス玉のような目をかすみに向けて、
「当然だ。むしろ、森石の方が危なかったぞ」
「そんな事ないだろ? 俺はアンチサイキックだぜ?」
運転席から降りて来た森石がロイドに反論した。かすみは二人に近づきながら、
「いくら森石さんでも、車を攻撃されたら危なかったと思うよ。ロイドは森石さんを守るために一緒にいたんだよ」
かすみの解説に森石はギョッとしてロイドを見た。しかし、ロイドは無表情なままだ。
「あなた方はどちら様ですか? 勝手に学園内部に車を乗り入れてもらっては困りますよ」
そこに現れたのは、黒に赤線の入ったジャージ上下を着た二メートルはあろうかという体格のいい男だ。体育教師の国定修である。ロイドは国定を歯牙にもかけないという様子で、目も向けない。森石は真顔で国定に近づき、警察官の身分証を提示した。
「警視庁公安部の森石と言います。事件の捜査で参りました」
「え? 警視庁?」
国定もギクッとしたようだ。そして、かすみに視線を移すと、
「道明寺、お前の知り合いの人なのか?」
「はい、そうです」
かすみはニコッとして応じた。何故か国定は顔を赤らめた。
(エロ教師か?)
国定の感情の変化に気づいた森石は軽蔑の眼差しになった。しかし、国定も森石にはそんな風に思われたくないだろう。
「妙だな。ここに着いたら、全く力を感じなくなったぞ」
ロイドは国定の存在そのものを無視して話を続けた。国定はムッとして、
「こちらの外国の方も警視庁の方ですか?」
森石に尋ねた。森石は苦笑いをして、
「まあ、そんなところです」
しかし、国定は
「ホントですか?」
全然森石の言葉を信用していないようだ。かすみが事情を説明しようとした時、
「何の騒ぎですか?」
理事長の慈照寺香苗が玄関から出て来た。その後ろには腰巾着のように教頭が立っている。
「警察の方がいらしたのですが」
国定は香苗を見て告げた。香苗はピクンとして森石を見た。
「あの女、心が読めない。
ロイドが小声でかすみに尋ねた。かすみは首を横に振り、
「わからないわ。情報が少な過ぎるの」
ロイドはチラッと国定と教頭を見てから、
「あの二人はどちらもお前の腿と胸に興味があるようだな」
「そうなの?」
かすみは意外そうな顔で教頭を見た。
「立ち話では何でしょうから、中へどうぞ」
香苗は微笑んで森石に告げ、ロイドにも笑顔を向けた。しかし、ロイドは、
「俺は帰る。またな」
そう言うと、校門に向かって大股で歩き出した。
(瞬間移動するのかと思った……)
かすみはホッとして微笑んだ。
「おい、ロイド……」
森石は勝手な行動をするロイドに苦りきった表情をしていたが、
「では、お言葉に甘えて」
香苗に笑顔で応じ、一緒に玄関へと歩き出した。
(森石さんて、女性なら年齢は関係ないのかな?)
かすみは肩を竦めてそう思った。
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