7月 ニート、イライラが収まらない

 俺は焦っていた。いや、実際のところ、新人賞の締切まで二ヶ月はあったので焦る必要はないのだが、そういう問題じゃない。俺は完全にネタ切れを起こしていて、全くアイデアが思いつかなかったのだ。

 何気なく本屋で最近の新刊を覗いてみる。が、手は出せない。表紙の絵やタイトルを見て、どんな話か気になった作品はあるが、今の俺には他人の作品を買って読む経済的余裕がない。

 ああ、気になる。俺が学生時代に好きだった作家さんの最新刊も出てるじゃねえかよ!

 他にも、今イチオシの作品とか、俺が去年見事に敗れ去った新人賞の受賞作品の文庫化も発売されている。とりあえず、俺は最近の流行を確認しようと売り場に立ち止まった。

 ほのぼの系……、異世界もの……、青春ラブコメ……、残酷な運命もの……、夢物語……。

 ダメだ。傾向が掴めない。何でもアリじゃないか。フランス料理のフルコースだってこんなにバリエーション豊かじゃねえだろ。というか、ここは和食も中華もフレンチもイタリアンも韓国料理もベトナム料理もアフリカ料理も出すメニューの多い料理店だ。ていうか、本屋なんだから色んな作品が揃ってて当たり前か。

「はあ……」

 俺が溜息をつくと、ちょうど本棚と俺の間を通り抜けようとしていた少年が振り返った。俺は一瞬、目が合うけど、お互い無視する。

 俺にもあんな無邪気な時代があった。あの頃は放課後ってだけで嬉しかった。毎日外に遊びに行って、誰かの家で最新刊のマンガ雑誌を読んだりして、六時には家に帰って、アニメを見て、夕飯を食べて、寝て……。

 ノスタルジーに浸っている暇はない。

 そう、今、俺が考えなければならないのは、次の新人賞に出す原稿のアイデアだ。俺はふと思った。俺が書かなければならないのは、俺が書きたい作品じゃない。この売り場に来た誰かが胸躍らせて一冊手に取ってくれる作品だ。だとしたら、俺は自分の生活に追われている場合ではない。

 考えろ、考えろ……他人が読んで楽しくなる話を……。バトルものは去年散々な結果を出したからダメだ。それにこの売り場には最悪なことに勇者が出てくる作品は一つもない。俺は完全にニーズから外れていたのだ。ならば、日常系でいくか……俺みたいな何の取柄もない男が急に女の子達からモテまくる話……確かにこんな感じの本はいくつかある。でも、同じものを書いても二番煎じだ。いや、こんなテンプレな話は何年も前から何冊も手を変え品を変え量産されては売れているではないか……? なら、俺が書いても可能性はある……?

 俺は本屋を出た。

 次の作品はラブコメに決まった。俺はどんな作品にしようか想像しながら晶子ちゃんの部屋へ向かった。おっと、その前に夕飯の買い物をしないといけないんだった。俺は道を曲がってスーパーに入った。

 そうだな……、冴えない男の主人公はそんなに特徴がなくていいから、女の子達をどんな子達にするかが重要だよな……何かの擬人化にするか? 今、俺が詳しいものと言ったら、家電くらいしかないぞ? 『帰宅したら家電が全て女の子に変わっていました』とか? 生活できないだろ。あ、女の子になった家電が俺の代わりに家事を全部やってくれる話にすればいいのか。いやいや、俺そしたら何もすることなくなっちゃうじゃん! ああ、待て。これは作品の話だ。主人公と己を重ね合わせてどうする。

 今回の作品はなんだかいけそうな気がした。俺はルンルン気分で買い物を済ませて晶子ちゃんの部屋に帰った。

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