転葬のお仕事っ!

精華忍

第1話 就職活動-Searching-

 天界で最高峰のゼウス大学、それも最難関の下界研究学部を首席で卒業した私には、無数の選択肢があった。


 天界で最も名誉な神候補かみこうほ、技能を最も求められる下界管理職げかいかんりしょく、そして何もせずとも十分な収入が得られ、堕天職だてんしょくとも言われる時視職ときみしょく


 どれも高学歴の者しかなれない憧れの職であり、在学中から前途を嘱望されてきた私は逆指名すら許されるほどだった。大学の教授から研究の手伝いをしないかと誘われもした。


 しかし、周りが続々と就職を決めていく中、私はなかなか就職先を決めることができなかった。


 私が勧められた仕事は、どれもピンと来なかったからだ。


 例えば、神候補。天界にある四つの大学の首席だけが希望できる最高の職業だが、実は優良枠という人間の枠が存在する。現職の神が自ら選んだ人間が、候補生として天界に来て修行する。優良枠に選ばれることは滅多にないが、今年は一人、かのクロノス様が選んだ人間が来るらしい。


 別に私は人間が嫌いなわけではない。下等な種族だと蔑む連中もいるが、私にしてみれば彼らのほうがよほど下種だ。しかし、神候補に人間もなれると聞いた瞬間、私の興味は薄れた。


 天界で優秀な成績と実績を修めた私がならずともいい職業ならば、なるべき者に任せるべきである。下界に存在する適材適所という言葉がまさにそれだ。


 堕天職に成り下がった知り合いに笑われるかもしれないが、私には天界でいう勝ち組の職に就くつもりは毛頭無かった。もし私という存在が必要なら、私は喜んでその職に就いただろう。しかし、今の天界は平和も平和で、たまに神が入れ替わる以外は事件一つ起きる様子はない。よって、私が居らずとも天界は回っていく。


 私は、私を必要とする場所はないか探した。しかし、どこを探しても私に見合う職は見つからない。


 諦めて神候補を希望しようかと考えていた矢先、私は子どもの頃に大図書館で読んだ本を思い出した。


 数千億もの蔵書を誇る大図書館に入ると、よく私の世話をしてくれたあずさ司書が出迎えてくれた。


「あっ、トトリちゃん! 久しぶり!」


「ご無沙汰してます」


 私の名前を呼んだ、乳白色の衣を纏った小柄な身体が私に近づいてくる。毎度思うが、いくら元神候補だからといって"この見た目"は反則だ。


「聞いたよ、ゼウス大学を首席で卒業だって。すごいね、ついこの前までお人形さんみたいな女の子だったのに」


「いつの話ですか。それに、梓さんだってゼウス大学の首席じゃないですか。それも前代未聞の飛び級で」


 そう、目の前にいる梓さんは私よりも幼い"少女"だ。私自身、背の高いほうだが、それでも腰の高さほどの背丈しかない梓さんを、誰がの《アマテラス》だと思うだろう。


 そんな心のため息を知らず、大きな瞳を輝かせ、満面の笑みで私に答える梓さん。


「やだなあ、今の制度ができる前の話じゃない。もう何百年も経ってるよ。昔はもっと簡単に卒業できただけだよ」


 ……今の制度ができたのは二五○○年ほど前のことなのだが、梓さんはいったい何歳なのだろう。


「それで、今日はどうしたの? もしかして、元神候補の私に聞きたいこととか?」


 あまりの話の規模に、軽い脳震盪のうしんとうを起こしていた私に、梓さんが尋ねてきた。


「いえ、その話も一度お聞かせいただきたいのですが、今日は本を探しに」


「へえ、どんな本?」


「子どもの頃に一度読んだだけなので、はっきりとは覚えてないんですが――確か"転葬物語てんそうものがたり"だったかと」


 転葬、という単語を発した瞬間、梓さんの顔が曇った。そして、見た目に似合わない鋭い視線を私に向け、小さく呟く。


「トトリちゃん、ちょっと奥に行こうか」


「は、はい」


 幼き少女のものとは思えない剣幕に圧され、私は大図書館の奥にある小さな部屋に連れられた。私が部屋に入ってドアを閉めた瞬間、触れてもいないのに鍵が勝手に閉まる音がした。


「あ、梓さん……?」


「トトリちゃん、手荒なことをしてごめんね。でも、ちょっと聞き流せない単語が聞こえたから。安心して、トトリちゃんを捕って食おうなんて思ってないよ」


 梓さんがパチンと指を鳴らした。瞬間、私の目の前に一冊の古びた本が現れた。思わず手を伸ばし、本を腕に収める。ずっしりとした重み、そしてカビくさい古い紙質。これは……。


「トトリちゃんが探してた本はそれだよね」


「……はい。でも、どうして?」


 私の質問に梓さんは眉間にシワを寄せた。


「"転葬"って言葉はね、前の生命の時代まで使われていた単語でね、今はもう廃れてしまっているの。この大図書館にも関連書は指の数もないし、出てきても名前だけ」


 梓さんはもう一度指を鳴らす。すると、その体躯に対して大きすぎる木の杖が現れた。天頂に大きな天玉。不規則にうねった芯。私はその杖を知っていた。


「これを持ってクロノス様に会いに行きなさい」


「えっ、ですが……これは――」


「大図書館の本の虫になった私には必要ないものよ。それに、こんな私でも推薦人くらいにはなれる」


 そう言って、梓さんは杖を私に放り投げる。顔から血の気が失せた私は必死に杖を掴んだ。危ない危ない……もし掴み損ねていたら天界にクレーターができていたところだ。


「その本をもう一度読んで、それでもトトリちゃんが"転葬人てんそうにん"になりたいのなら、私は止めない。私も、トトリちゃんなら成し遂げられると思うよ」


「ありがとう、ございます」


 状況を飲み込めないまま、私は"転葬"の本と伝説の杖――《カドゥケウス》を私空間に収納した。わざわざ梓さんが別室で取り出したものだ、きっとわけがあるはず。


 しかも、クロノス様に会え……? 私のような若輩者に面会が許されるだろうか……。


「あ、あの」


「ん? どうしたの?」


 梓さんの顔からはすでに凄みが消え失せていた。見た目相応の無邪気な笑顔を見せている。


「私、きっと立派な"転葬人"になってみせます! そして、いつか梓さんのような偉大な存在に!」


 今までしたことがなかった力強い決意。それを聞いた梓さんはにっこりと笑って転移した。


 さて――行きますか。

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