11-3 ウミガメのスープ

 ルイはバーバラとは会えたのかしら?そうボードに書いて尋ねてみても、ゼノは「わからない」と言った表情で両手を掲げて見せた。

 中庭の遺体は何者だったのか。メイとバーバラの行方は。そして、オルガはどうなるのか。それらの多くの謎には「守秘義務」だと口を閉ざしたまま、ゼノは片手を振って西暦図書博物館から去っていった。「今度はお土産を持ってくるよ」と言い残して。


   *  *  *


「なあ、シア」

 ゼノ・シルバーの訪問からしばらく経って、その出来事も忘れかけていたある日、ようやくかすれ声程度なら発せられるようになっていた頃に、ヨアンが私に近寄って話しかけきた。思い詰めたような顔つきで、挙動もどこか不自然に見える。

「これ、あんたに手紙だってさ」

 私に手紙?と不審に思う。なぜなら、私がここに匿われていることは、世界警察の一部の人間と、ここのメンバーしか知らないはずだからだ。ヨアン自身も動揺している様子だった。彼の差し出した封筒を手に取ると宛名は『シア・モンテイロ様』とだけ書かれており、差出人の記載は見当たらなかった。

「ジョーを呼んできたほうがいいかな?」不安げにそう言って、その場から離れようとしたヨアンの手を握り、私は引き留めた。

 どんな人だった?と私は手元のボードに書いて見せる。

「女だったよ」ヨアンは頭を傾げながら「身長は俺よりも高かったな。髪色はダークブラウンで、ラテン系っていうのかな。鼻もまっすぐ通っていて、うん、美人だったな」そして声を大きくして「そうそう!手紙を渡される前、変なこと訊かれたんだった」

 変なこと?と尋ねるように、私は彼の顔を眺めた。

「あー……俺さ、西暦図書博物館ここだとだいたいは裏方にいるんだけど、最近は館内のカフェでもウェイターとして働いてるんだよね。人手が足らないみたいでさ」

 そのことはセスからも聞いていた。本来はメカニックが彼の持ち場だが、どうやらヨアンの気になる女の子がそこのカフェで働いていて、足しげく通ううちに店長の面接まで受けて、週の半分はそこで働くようになったのだとか。だが、セスの見込みでは、その女の子が好意を寄せている相手はトゥレだという。

「今日はカフェを手伝う日だったんだけど、その手紙の女が一人で客席に座っててさ。待たせてたみたいだったから、急いで注文を取りに行ったんだ。そしたら『ウミガメのスープはありますか?』って訊かれて。いやあ、そんなの聞いたことないだろ?だから俺は言ってやったんだよ──」

 ヨアンの話を聞き終える間もなく、私はその手紙の封を切り、中身を開いた。

「どうしたんだよ」突然手紙を開いたことに驚いたのか、ヨアンが心配そうにして私に語りかけた。

「ジョーを呼んで」と私は声にならない声でヨアンに伝える。おそらくかすれていて全ては聞き取れなかったかもしれない。けれど、彼は察したように頷いて、駆け出してくれた。

 ああ、私は早くこの身体を治さなければならない。そのためにはジョーたちの力も必要だ。手紙にはあの『中庭』に咲いていた花が一輪、押し花として挟まれていた。そのオシロイバナを口元に寄せ、私は枯れた花も香ることを知った。

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