11-1 再会

「やあやあ、みなさん。ごきげんよう。げんきにしてたかね?」

 ゼノ・シルバーとの面談を終えて戻ると、エリーがまるで古めかしい貴族のような喋り方とコスプレ姿で私たちを出迎えた。セスは「あら、今度は何の影響かしら」と呟きながら、首を傾げている。

 やがてエリーはとたとたと、こちらに小走りで近づき「はい!」と、私に右手を差し出してきた。意味が理解できずに戸惑っているとローランが声を上げる。

「お、エリーから握手を求めてくるなんて!」

「良かったわね、シア。握手はね、最近のエリーにとって『大好き』っていう意味なのよ」と、セスが私に教えてくれているのを耳にして、私は彼女のその小さな指を痛めないように、できるだけそっと、そっと握った。それに応えるように、きゅっと握り返すエリーの手のひらの温もりが、心地よく伝わってくる。「おかえりなさい!」と微笑む彼女を、車椅子からゆっくりと身体を起こして抱きしめて、出ない声で「ただいま」と伝えた。

「まったく……何回『おかえりなさい』をすれば気が済むんだか」ジョーは呆れたようにして言い放つ。

「なあなあ、エリー、オレは?オレにもおかえりなさいは?」ローランが自らを指さしてエリーに尋ねると「じゃあ、ローランも!」と、今度はローランにも手を向ける。「ついでみたいで納得できねえ」と文句を垂れながらも、ローランもエリーと握手を交わした。「バチンとこないよな?」と前置いて。


   *  *  *


 あの館での最後の記憶は、ジョーの姿だった。


「シア、助けに来た」

 遅いじゃないか、ジョー。

「すまなかった」

 何よ、珍しいね。あんたが謝るなんて。

「もう大丈夫だ。安心しろ」


 頭に置かれた手の感触で気が抜けてしまい、意識を失ったようで、そこからの記憶はない。目が覚めたとき、私は複数の管に繋がれて、西暦図書博物館の医務室に置かれたベッドの上にいた。

 隣で寝ているセスとエリーの姿が横目に見えて、目頭が熱くなるのを感じた。


   *  *  *


紅斑こうはんが出ていないか、調べさせてね」

 ジョーらから助け出されてから毎日、私は西暦図書博物館にある医務室で、白衣を纏ったセスに身体を診てもらっていた。彼は、アメリカンフットボーラーのような見た目にそぐわず、医師の国際資格を取得しているそうで、普段はこの医務室に勤務している。

 ローランが戻ってきてからも既に数週間が経とうとしていたが、全快までは程遠い。特に潰された喉の回復が遅かった。


「熱もないわね。お腹下したりしていない?」

 まだ声が出せない私は、手元にあるA4サイズのボードにサムズアップをしている笑顔マークを描いて見せた。右下にあるダイアルを捻ると、描いた絵が消えるようになっている。エリーのお下がりだ。

「そう、良かった」セスは胸を撫で下ろすように呟いた。「直接輸血なんて初めてしたから、気が気でなくって……何度も言うけれど、あなたに移植片対宿主病GVHDが発症したらどうしようって」

 セスの気に掛けている病は、言わば拒絶反応の類のようで、輸血してから数週間、場合によっては数年後に発症する恐れがあるらしい。私は、心配そうな顔をしたセスの頬に手を添えて応える。心配しないで、という意味で。

「あら。私が慰められているようじゃ、医者失格だわ」セスはそう言って、笑顔で返した。「そういえば、思い出したくないかもしれないけど……あなたをこんな目に遭わせた男は、私がちゃんとお仕置きしておいたから」

 アドルフ・ユッター・バンデウムのことだろう。私は苦笑いで、手元のボードに「ありがとう」と書く。

「私がお仕置きしてるときに、あいつ何て叫んでたか知ってる?」

 私はダイヤルを捻ってボードを白色に戻してから、クエスチョンマークを描いて見せた。

「私笑っちゃった」セスは口に手を当てて、ふふふと笑う。

 私が首を傾げていると、セスは泣きわめくような表情と仕草をしながら「暴力反対ぃい!」と叫んだ。

 そのオーバー気味で滑稽なジェスチャーに思わず笑ってしまう。治りかけの肋骨が痛い。

「他にも『これは犯罪だぞ!』とか『訴えてやる!』とか。お前が言うなっつぅのよね。だから私、そこから更にとことん虐め直してあげたわ」

 私は笑いながら「少しスッキリした」とボードに書いた。

「……シア、あなたは良い女よ、でもね、怒らないで聞いてほしいんだけど」

 私が笑い終えると、彼は言いにくそうにしながら、そう語りかけた。私は冗談で「バストについて?」と書き、それは言わない約束よ、といった表情でおどけてみせる。

「綺麗事、吐くわよ」

 彼は真剣な眼差しだった。私はそれに応えるように一呼吸置いてから、両手を差し出して促す。

「私はね『母親になること』に資格なんてないと思うわ。そんなのにこだわっているの、正直馬鹿みたいって思う」言葉尻はきついが、語り口は優しかった。「あなたのお腹の中で、その子の存在を感じたそのときから、なるまでもなく、それでもうあなたは母親になれたんだと、私はそう思うわ。たとえ上手くいかなかったとしても、親子であることからは逃れられない。それは子供のほうも一緒よ。だから私はね、あなたが今、母親で在りたいと願うことそれだけでも、もう十分だと思うの」彼はそう言うと私を抱き寄せて「あなたは立派よ。世界中が認めなくても、私だけはあなたを認めてあげる。だからもう、これ以上、無理はしないでちょうだい」

 セスの腕は僅かに震えているように感じた。傷ついた私の身体を痛めてしまわないように、そっと触れるか触れないかの境目で、私を包んでいた。

「ごめんなさい……やっぱりこんな話、やめたほうが良かったかしら」彼は私から離れると、不安そうな顔をして言った。

 ううん、と首を振る。そしてボードに「嬉しい」と、そして「ありがとう」と書いた。面と向かって誰かから、こんな話をされたのは初めてだった。きっと、こうやって叱られるのも、諭されるのも、初めてかもしれない。鬱陶しく感じることも、心地悪く感じることもない干渉それは、なんだか少し、私を恥ずかしくさせた。照れ隠しからか、今度は私から彼を抱き寄せて、背中を撫でた。


「あらー……お邪魔だったかな?」

 医務室の扉の方向から声がした。セスが立ち上がり、大きな身体で私を隠す。

「世界警察が何の用?」セスのドスの利いた声。

「あ、いや、セス、勘違いしないでよ!僕はただ、休暇ついでに寄っただけなんだから!」

 そう叫んでいる男はアロハシャツに短パンといった、いかにもバケーションな恰好をしていた。

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