1-1 揺籃なる世界
「世界」とは何だろう。
コラム曰く「
ゼノは思う。国家の存在が認められ、国と国が関わり合うこと。組織の掲げる「世界」というものが、そういった相互関係の成立を指すのであれば、今ある社会は「保全すべき世界」に足り得るのだろうと。
《 お疲レレ様でシシた 》
ゼノの帰宅と同時に、自動音声が玄関に鳴り響く。スピーカーが故障しているのか、左側の音が割れて聴こえる。何ヵ月も前からの症状だったが、ここ半年は働き詰めで修理に出す暇も無かった。
「労いの言葉はいらないよ。今日はほとんど働いてないからね」
そうやって自動音声に応じる彼を
日暮れ前の帰宅は久しいはずなのに、リビングには今朝と変わらない静けさが漂っていた。室内の景色が代わり映えしないのは、外光を遮断しているせいだと思い至り、壁一面のスモークを解除してみる。マンションの上層から眺める街並み。同僚たちは今も勤務中だろう。自身もつい昨日までその渦中にいたことを考えると、なぜか罪悪感が胸に湧き出た。戻る頃には、もう自分の居場所は無いかもしれない。そんな不安も頭を
彼はその日の午後から、二ヶ月ほどの休みを取得していた。ここまで長期に
仕事の引継ぎを済ませることと、
ゼノはソファに横たわり、クッションにその身体をゆっくりと沈めていく。やがて、
Date: O.C.8 - Feb - 30
Time: 15:58:32 - UTC+1
Member: JOE07 - Voiceless mode, 5i1ver - Hands free mode
JOE07 >よう、今日は休みか?
オンライン上のアカウント名を現実世界の通り名にすることは、「
5i1ver >まあね
ゼノは横になったまま、応じる。
5i1ver >ところでなぜ君は無声モードなの?
JOE07 >目の前に客人がいるんだ
5i1ver >じゃあその人とおしゃべりしなよ
JOE07 >どうも嫌われているらしい
5i1ver >もっと嫌われると思うけど
JOE07 >もう手遅れだな
> 相手はずっと外を眺めている
5i1ver >それ大丈夫なの?
JOE07 >ああ、あと五時間は一緒だけど
5i1ver >それを大丈夫とは言わないよ
JOE07 >相変わらず冷静な奴だな
5i1ver >暇つぶしなら切っていい?
JOE07 >>相変わらず冷静な奴だな←訂正する
>お前は
>ただの
JOE07の表示させたキャラクターは、悲しそうな表情をしている。
5i1ver >さすがに五時間は付き合いきれない
JOE07 >なら、今のうちに休むが良いさ
5i1ver >許されるならそうさせてもらうよ
JOE07 >きっとこれから忙しくなるぞ
5i1ver >なんで?
JOE07 >心の準備しとけ
JOE07のキャラクターは、舌を出す仕草をして消えた。
「何がしたかったんだ」と、ゼノは静かに呟き、そのまま瞼を閉じる。「忙しくなる」という彼の予言が当たったとしても、休暇中の自分には関係ないことだと、そう考えながら。
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