8-3 母として

「マームって、本当のお母さんみたいね」


 ある日、エリーにそう言われた。私にはそんな言葉をかけられるような資格もないのに。私は最低な女なのだから。だからエリー、そんなにも可愛らしい笑顔で私を見ないで。自分の醜さを思い知らされてしまう。


「マームって子どもがいるんでしょ?男の子?女の子?いくつ?」


 今、娘がどこで何をしているのかさえわからない。もしかしたら生きていないかもしれない。後に探しても、預けた老夫婦ごといなくなっていた。ただ、私に娘がいることに変わりはない。私は娘を捨てた。言い訳などしない。捨てたという事実も、決して変わることはないのだから。


「女の子よ。歳も、エリーと同じくらいになるかしら」

 お願い。作り笑顔に気づかないで。そう祈りながら答えた。

「いいなー。私もマームが本当のお母さんだったら良かったのに」と、エリーはまた可愛らしい笑みを浮かべて言った。

「ありがとう」

 私は笑っていたと思う。胸が張り裂けそうなほどに嬉しくて、痛かったのを覚えている。


 私には、母親を名乗る資格はないかもしれない。取り返しのつかない大きな過ちを犯したから。だけど、それでもあの子の母親として、誇れる人間になりたい。あの子と会えたとき、少しでも胸を張れる大人になりたい。だって私は、母親でありたいのだから。


 仲間か。娘か。


 だからそんな質問をされたら、その答えは、そんなのは初めから決まっているんだ。だって、当たり前だろう?私は母親になりたいんだ。誇れる母になりたいんだ。だから、そんな質問の答えなんか、当たり前なんだ。だから。だから、私は言ってやる。

「私は仲間を売るような下衆にはならない。それが私の母親としての誇りだ」って。



「もう声が出ないようです。さっきまで、可愛い声で鳴いていたんですけどね」と、バンデウムがアガズィアに向かって残念そうに言った。アガズィアが耳を私の口元に近づけた瞬間、噛り付く。

「っ……!」

 血が出ている。私のかもしれないけれど、痛がってはいる。私は子どものように舌を出し、拒絶の態度を示す。それが精一杯の抵抗だった。

「よし、殺そう」

 アガズィアは、バンデウムに向かって言い放った。


「絶対に帰ってきてね」

 そう言うエリーの顔が、脳裏をかすめる。──と同時に、地震が起きた。

 いや、爆発だろうか。地鳴りが傷に響く。アガズィアが慌てて部屋を出ていった。バンデウムは当惑した様子だ。やがて、彼も私を放置したまま、部屋を後にした。


 どのくらいの時間が経っただろう。

 血も喉も息も渇いている。

 眩暈が止まらず、平衡感覚もない。

 一瞬、夢を見ているような心地になった。でも痛みは消えない。

 死んでいくのだろうか。死んでしまうのだろうか。

 何も考えない。何も考えられない。

 瞼が閉じているのか。それとも、開いていて暗いのか。

 もう、力むこともできない。

 早く、楽になりたい。

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