夢なら異世界(せかい)を救えるか

真下 達矢

プロローグ

第1話 発現

 正直、どうしてこんな事が起きたのかは理解できない。ただ、天井があったはずの真上には混乱している俺をあざ笑うかのような満月があると云う事実は理解できた。

 ただの馴れない書類作業に疲れ、伸びをしただけだっていうのに――。


 逃げないと。


 現状を認識した俺が真っ先に思ったのがこの一言だった。

 別に天井に穴を開けたことに対して寮監に怒られるのが怖かった訳ではない。きっと信じてくれないだろうが最悪の事態さえ回避できるのであれば、怒られる事くらいどうって事はない。


 最悪の事態。それは戦場の最前線に投入されることだった。


 どういう理屈かは分からないが、俺はどうやら天井一つを簡単に吹き飛ばせる力を身につけてしまったらしい。

 仮に外からの爆発で屋根が破壊されたのだとしたら、屋根を構成している木材などが俺の上に大量に降り注いで来るはずだ。月明かりだけなのでよく見えないが、どう見ても床に落ちているのは木材の破片のみ。屋根全体の木材が落ちてきたとは考え難い。

 それに先程から俺の右腕が非常にピリピリしている。先程の状況を思い返すに、俺は思いっきり伸びをする為に右腕を上に伸ばした。その直後、視界は真っ白に染まり爆発音が響いたのだ。


 俺は恐る恐るもう一度右手を上に伸ばし、先ほどと同じポーズを取った。何が出たのかを確かめる為にも。


「…………」


 結果から話そう。確かに出た。

 しかしそれは先程のように視界を真っ白に染める事は無く、一瞬白く光った何かは何かが弾ける音と共に、俺の手と壊れた天井からむき出しになっている端材を繋いで消えた。


 先程のような爆発音が出るのでは無いかと予想していたが、あまりの弱さに拍子抜けした。が、先程の爆発は明らかに俺がやったものだと云うことが確信出来た。今回は威力が弱かったが、恐らく天井を吹き飛ばす位の力を出すには条件があるのだろう。その条件は分からないが、検証するのは今じゃない。なぜなら今から逃げるのだから。



 この国は現在戦争中だ。進軍の遅い投石器や大砲が主流なこの戦争に、俺のような進軍が早く、威力が大砲みたいな人間を投入すればどのような結果になるかなんて馬鹿な俺でも分かる。

 正直、こんな命が幾つあっても足りやしないこの戦争は早く終わって欲しい。確かにこの爆発する力を使えば、戦争は早期終結するだろう。

 だがどうせこの国のことだ。すぐに次の戦争相手を見つけ出し、戦争を始めることは目に見えている。それに次に戦う相手の国に俺が要注意人物として警戒されることは火を見るよりも明らかだ。今担当している後方支援でさえ何回も死にかけるような経験をしている俺が前衛に出て、なおかつ要注意人物として警戒されてみろ。確実に死が待っている。


 だからこそ、ここから逃げるといった選択肢が瞬時に出た訳だ。


 逃げるのに成功さえすれば、いつ死ぬかも分からない戦場に二度と立つことは無いだろう。捕まれば敵前逃亡の罪として確実に死ぬ処刑台に立つことはあるかもしれないが……。だがそれは捕まればの話。この力を上手く扱えるようにさえなれば、100人位で同時に襲って来ないかぎり、俺を捕まえるのはほぼ不可能だと考える。ま、戦争大好きなこの国が、俺1人の為に100人も人探しに人員を割かない事を見越しての予想だがな。

 なーに、ここ数年はお国の為にこの体を捧げて来たんだ。これからの人生くらい、この力を自分の為に使ってもバチは当たらないさ。

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