第13話 残サレタものハ2

「なるほど、久遠様が張った結界だったの」

 なにやら斜め上の想像が杞憂に終わり、水葉は一安心した。

「うむ、いかにも」

 この結界はの、怪物の類いが内に入ろうとするとな、柔らかいのが展開して阻むんじゃよ。で、それを壊そうとした場合は、すさまじく強固な結界に変化するんじゃ。

 と、久遠は腰に手を当てて自慢げに説明した。

「さすが久遠様なのー」

 手放しで褒め称えて拍手する水葉に、

「まあ、作ったのは鬼面のなんじゃがな」

 久遠はちょっと照れくさそうな顔でそう言い、習得に二十年もかかったわい、と付け加えた。

「久遠様じゃないの?」

「うむ、儂は燃やすこと以外は専門外じゃからの」

 あやつもようこんなもん思いついたのう、と言ってベッドに戻った久遠は、上機嫌で布団に残る舞姫の匂いを嗅ぐ。

「そうなの……」

 楽しそうに尻尾を揺らす久遠を見て、水葉は伏し目がちにそう一言だけ発した。それから、机の上に置いてあったゲーム機を持って、彼女はフラリと部屋から出て行った。

 水葉の少し悔しそうな声色を聞き、おもむろに立ち上がった久遠も、後に続いて部屋から出る。

 ふすまをきちんと閉めてから、彼女は水葉のいるであろう居間に向かった。

 予想通り、居間にいた水葉はなんだか浮かない表情で、こたつに入ってテレビを見ていた。ぼんやりとしているせいか、彼女は久遠が来たことに気がついていなかった。

「水葉、すまんな」

 水葉のはす向かいに久遠が座って、彼女はやっと気がついた。

「ち、違うの! 久遠様は悪くないの!」

 悲しげに笑う久遠を見た水葉はうろたえるあまり、こたつから出て土下座の体制に移行しようとする。

「ひとまず落ち着け、水葉よ」

「……はいなの」

 肩をポンポンと叩いて、久遠はそんな彼女をなだめた。

「言いたいことが有るなら、遠慮なく言うてみ?」

 水葉を落ち着かせてから、久遠は管狐にお茶とせんべいを用意するように指示を出す。

 管狐たちは慌ただしく動き回って、素早く両方を用意した。

「あの人間のことを、久遠様は恨んでないの……?」

 水葉は少し逡巡してから、以前から気になっていた事を訊ねた。

「今は、の」

 久遠は特に表情を変えずに、ズズズ、とお茶をすすった。

「それにあのときの鬼面のおにひめは、家の者の傀儡くぐつみたいなもんじゃったしな」

 あやつに罪はない、と言った彼女は膝立ちになって、せんべいに手を伸ばそうとした。それを見た管狐はそれが入っている皿を押して久遠に近づけた。

「それで、久遠様は納得できてるの?」

「三百年も前じゃからな、もう整理は付いた」

 それに儂が恨む相手はあやつではなく、儂自身じゃしな、と久遠はせんべいをボリボリと咀嚼そしゃくする。

「……水葉には、久遠様のお気持ちが、よく分からないの」

 うつむき加減の水葉は、か細い声でそう言って手を握りしめる。

「まあお主は、その後を知らんのじゃから無理もなかろう」

 そう言った久遠は、今度は自分の自室から、ある書物を取ってくるよう管狐に命じた。

「それは、なんの本なの?」

 管狐が持ってきたそれは、紐で綴じられていて深緑色の表紙が付いていた、多少黄ばんではいたがとても保存状態が良さそうだった。

「鬼面のが儂の退屈しのぎに、と持ってきたもんでな」

 ほい、とそれを手渡された水葉は、分厚い題名の書かれていない本の一頁(ぺーじ)目を開いた。

「これって……」

 先ほどの舞姫の部屋に張ってあった結界の術式と、その説明が図ともに美しい字で書かれていた。頁をめくっていくと、そのほかにも久遠が使っていた、様々な術が記されている。

「そこに書いてある術は、鬼面のが全部編み出したそうじゃ」

 凡人なら一つ習得するのに死ぬまでかかるほど、その一つ一つがとんでもなくややこしいものだった。

「ば、化物なの……」

 書面からでも伝わる、鬼姫の恐怖すら感じる鬼才っぷりに、水葉は背筋が寒くなった。

「じゃろ?」

 予想通りの反応をしたのを見て、久遠は愉快そうに笑みを浮かべた。

「……そんな化物でも、死ぬときは呆気あっけないものじゃったよ」

 だが、その笑みは徐々に消えていき、久遠は遠くを見るような目で、ものさみしげにそう言った

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