イーガン病

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イーガン病

「おかえり、生物学的兄」

 玄関口でそう言ったのが僕の妹だ。

「お、おう……」ただいま、と言いかけた僕は怪訝な顔をしていたと思う。

「不自然な発話だったかしら。この観境においての言語標識は、過度に失礼ではない表現形に調整されているはずだけれど。それともこう言ったほうがよかったかしら。"おかえりなさい、生物学的お兄ちゃん"」

 今のでわかるように、妹は最近変なのだ。やたらと難解な言葉を含む翻訳調の文で喋るし、常によくわからない方向に皮肉を飛ばすようになってしまった。"生物学的"というのは、"血の繋がりがある"という意味だろうか。そうであってほしい。

「生物学的お兄ちゃん。今日は生物学的母と生物学的父は留守だから、夕飯を誰が作るかを生物学的お兄ちゃんのパンデモニウム的ニューロンの発火に任せるわ」

 兄の自由意志ではなく脳神経の戯れに決断を任せるのであればいよいよあやしい。これは免疫のないSF読者だけが罹患すると言われるあれではないか。

「妹よ、もしかしてお前、イーガン病じゃないかね」

「イーガン病って何?」

「SF小説作家、グレッグ・イーガンの文調を表面的に真似してしまう病気だよ」

「グレッグ・イーガンって誰?私のライブラリに無いんだけど」

 これは重症だ。


 僕達は夕食を近くの大学のカフェテリアで済ませることにした。高校生なのにだ。そのほうがイーガン的ということだろうか。妹はハイパー糖蜜入りのコーヒーを飲みながら話し始める。

「つまり生物学的お兄ちゃんは、私が自分自身をそのイーガン病とやらを発症させるウイルスに感染させた上で、ライブラリからイーガンという作家に関する記憶を消去する違法なインプラントを使用してるって言うの?」

「そんなことは言ってないけど、それかただの厨二病のどっちかだと思うよ」

「もしそんなインプラントがあったとして、私がそれを手に入れた犯罪者だったら、消去することで逆に証拠を残すような真似はしないわね」

 なんだろうこの思考実験めいたスカスカの推理は。そんなヒマがあったら自分の病状を直視してほしい。

「生物学的お兄ちゃんの方こそ、グレッグ・イーガンという架空の小説家をでっちあげる狂信的グループによって、寝ている間に鼻の穴から脳に、病的で呪術的なインプラントでも挿入されたんじゃないの?」

 やたらとカルト的なものと敵対してしまうのもイーガン病の症状だ。とはいえ議論好きという症状だけでは小林泰三病と混同されやすいと聞いているし、やはり一度専門医に見せたほうがいいだろう。ここはひとつ、厳しい態度で説得するしかない。

「だって妹よ、きみは文系じゃないか。僕も文系だけど。文系がイーガンの真似をしても所詮この程度なんだよ。今までの会話に物理学的薀蓄が出てこないことが、きみがイーガンを真似をしているだけということの証拠じゃないか」

 

 妹は黙りこんだ。僕が言われたら立ち直れないほど差別的な指摘だ。僕達文系SF読者は、理系作者によるハードSFの数理的ギミックについていけず、それに憧れながらもなんとなく雰囲気で楽しむしかない。そのコンプレックスは僕と妹の間で共有されているのだ。


「ごめんなさい。生物学的お兄ちゃんがあまりにも非論理的なことを言うから、外界と計算速度が合わなくなってしまったの」

 全然効いてなかった。ところで、脳に作用するインプラントと、ここが仮想現実内だという設定が共存してるのもどうかと思うが。

「私は私のハードウェアが計算していることで存在しているんだから、数式を出すまでもなく、私が理系的存在であること――つまり本来的な意味で数学的存在であること――は自明よ」

「なるほど」

 なるほど、台詞の中でも構わず「――」を使って補足を割りこませるとイーガンっぽいな、と僕は感心した。

「それに、生物学的お兄ちゃんにもイーガンの数学的部分は理解できていないんだから、それを使ったところで何の説得にもならない」

 たしかに。


 とは言い条、妹の病気への対処で考えうるものの中で、特に治療だけに固執しなければならない理由が、今のところあるわけではないと思う。僕は一部で言われているように、「イーガンが、自分でも何を書いているかよくわかっていない」説には首肯していない。もっとも、イーガン病にかかった患者の方は「自分が何を言っているかよくわかっていない」状態なわけだが。それでもその患者が、「自分が何を言っているかわからなくてもイーガンが何を言っているかをわかる」状態になる可能性も否定できないのだから。

 それに、イーガンに対して文体やレトリック、あるいは宗教観やジェンダー観からアプローチしてはいけないという決まりはないし、それらもイーガン作品の見どころである要素だ。絵に興味がないアニメファンがアニメの声優方面からアプローチするのと似ており、作品への接し方を作者と一致させることを諦めるという、至極当然な帰結に達した場合に罹患せざるを得ないような、これは病気だ。


「ちょっと、生物学的お兄ちゃん」

「どうした、計算機科学的妹」

「生物学的お兄ちゃん、もしかして円城塔病じゃないの?」

 円城塔とは誰だろう。そもそも人の名前であるのか。

「なぜだね」

「さっきのモノローグの変な倒置法を使う人、わたしは寡聞にして、円城塔しか知らないから。普通の人は、『これは極めてA的かつB的な、Xである』と言うところを、『極めてA的かつB的な、これはXである』と言ってしまう」

 知らない作家の真似をしていると言われても困る。それより妹がこのモノローグを読んでいるという事態がすでに正気ではない。

「ほら、それ。『正気ではない』とか。円城塔だよね?それに、『とは言い条』とか。あと、ちょいちょい『かね』という疑問形を使ってるけど……。たしかに円城塔は『屍者の帝国』とかで、よほど強調したいときに――キャラによっては――その語尾を使うけど、生物学的お兄ちゃんは多用しすぎだと思う」

 円城塔って誰、と言いかけて、やめた。僕がもし本当に円城塔病であるなら、妹と同じく、作家のことは認識できない状態にあるはずだから。

「円城塔っていうのはどういう作家なのか教えてくれないか」

「存在しない作家を真似してしまうというのが、典型的な円城塔的事態なの。だから、円城塔が存在しないことが円城塔病が存在する前提なの」

 知らないどころか存在しない作家らしい。存在しないのに妹が知っているというのがややこしい。タイトルに円城塔病ではなくイーガン病としか書かれていないのは、僕が知り得ない情報だからだろうか。あるいは、妹が円城塔病そのものであって、ぼくが語り手を僭称したこのテキストであったりするのではないか。


「テキスト自体が語っているとか言い出すなら、けっこう円城塔らしくなってきてるわよ。がんばったわね生物学的お兄ちゃん。まだまだだけどね。あとはわたしがこのテキストを書いているとか、生成している可能性も考えてみてね」


 僕は何をがんばっていると言われて、どこに方向付けされているのだろう。しかしことによると、自分が円城塔を知らないと信じ続けることが、真似し続けることの条件になっているのかもしれない。僕がもしその作家を知っていたら、その差を知ってしまったら、模倣の試みが不可能になったに違いない。

 作家と同等の知識を持たずに文体だけを真似するというのは、まるである外国語を、その言語が依存する文脈を知らずに使うことに似ている。機械翻訳のように。

 そうして出力された言葉はきっと、その文脈を知る人には滑稽に見えたり、ことによると侮辱的であったりするのかもしれない。でも妹は僕に、テキスト以外の情報を与えなかったのだから、それは仕方ないのだと思っている。そもそもテキスト以外の情報というものが僕に与えられることは一体あるのかな、と疑問に思うのだけれど。

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