グッド・ブラック! ~黒魔術師に幸運を~
@tyanomi
ウルドの呪い
第1話 老人とグミ
起きるとそこは森で、体が、半透明になっていた。
半透明で、ところてんかこんにゃくのように、ぷるぷる、ぬめぬめしている。
「え、何、何これ!」
声は、普通に出た。
だからどうした。ここはどこ、私は何?
『それはな、最初だからしょうがないのじゃよ』
頭の中に、おじいちゃんの声が響いてきた。
言っていることの意味は分からない。
「誰ですか!?」
『わしわし、わしじゃよ!』
誰だよ、と心の中で突っ込みを入れる。
『わしじゃ』
誰だよ!
名を名乗れよ。
もっとも、名乗られても絶対にわからないとは思う。――そういえば、自分の名前もわからない。わかることと言えば……。
そう、自分はリストラされて、職探しをしていた。
半年ほど、職探しを。
務めていた会社の名前も、今日行った会社の名前も、面接官の名前も、そのかけていた眼鏡の形やフレームの色も思い出せる。
結構思い出せる。
なのに……名前だけが思い出せない。
そしてこのクラゲのような体は何なんだ。
「ここはどこ? 私は誰? というか、何? 生物?」
『ふぉっふぉっふぉ』
笑ってんじゃねえ!
全然笑えないんだよ!
『驚いたかの?』
「これで驚かないわけないでしょう! これは、夢ですよね?」
『夢ではない。わしが、召喚したのじゃ』
「召還って、召喚?」
『そうじゃ。ここは、ええと……何じゃったかな?』
「おいボケ老人」
『ボケてない! ド忘れしちゃだけじゃ! 最近物忘れがひどくてな! あれ、わし入れ歯どこに置いたんじゃっけ?』
「知らないし、たぶん口の中に入ってるよ。じゃなきゃしゃべれないだろ!」
『まぁそれはおいといて。そこはアルマンジャの、さる森の中じゃ』
「あ、あるまんじゃ?」
『なんじゃ、お主アルマンジャを知らんぬか? もうちいと勉強せい』
何この理不尽。
召還したの誰だよ。
『ラキアン大陸の西側、アルマンジャ地方じゃよ』
「ふーん……」
『興味を持て! お主のことだろう!』
「俺は、人間なんですか?」
『お主、人間じゃないのか?』
「いや、だから……この体さ……」
『他の生物になりたいのなら言ってくれ。今なら間に合う! 何になりたい。魔物以外なら、何にでも変えてやろう! 聖獣なんかおすすめじゃぞ。ドラゴンか? フェニックスか? 最初は卵からになるが、祀られるぞぉ、ものすごく祀られるぞぉ!?』
「祀られることにそこまでエクスタシー感じないから! 人間にしてください、人間に。何ですかこの、グミ人間みたいなの」
『はぁ……いいんじゃな?』
「……ダメ、なの?」
『真面目じゃのぉ。心配するでない、お主はもう人間じゃよ』
「だから、こんな気持ち悪い人間いないでしょ? この体、何なんですか?」
『あぁ、そうであった! ちゃっかり忘れておった!』
「この……」
『それはの、お主がまだ、人間の名を持っていないからじゃ。この世界ではな、人間は、名を持って産み落とされるのじゃ。名前のないまま産み落とされた赤子は、クラゲのような半透明の、おぞましい姿で産まれてくる』
「そのおぞましいのが今の俺か……」
『名前を付けてやろう』
「えー……」
『何じゃ、えーって! わしが名付け親じゃ不満か!』
「……」
『ゴルゴンゾーラなんて――』
「不満です!」
『なぜじゃあ!? 良い響きではないか! お主の世界の果物じゃろうが!』
「果物じゃなくて食べ物です! そして、食べ物の名前付けるな!」
それは、俺がリストラされて半年も就職できない、社会の底辺に脱落して這い上がる気力を無くしてしまった『カビが生えた人間』だと、そう言いたいのか?
『違うわい』
「心を読むな!」
『ココナッツ、とかもいいのぉ』
「えー……」
『わかった、じゃあ、大昔の英雄の名前を付けてやろう』
「まぁ、それなら……」
『お主の名前は――ドゥルルルルルルル、ダン!』
「早くして?」
『グリムじゃ!』
じゃ、と云う声が響いた瞬間、体が、かちっと固まったような気がした。
見てみると、手も足も、体も、人間のものになっていた。
というか、裸じゃないか。
『服くらい着たらどうじゃ?』
「服くらい用意しろよ!」
『くらいとは何じゃ、くらいとは! お主の世界は、やれ産業革命だ、やれユニシロだ、やれぐろーばりぜーしょんだのと抜かしおって、モノの有難みを全然わかっとらん!』
「服、貴重なんですか?」
『そこそこ』
「そこそこ……」
『急いでおったんじゃよ! 忘れたんじゃ! どうせわしゃボケ老人じゃよ、どーもすみませんでした!』
老人、逆ギレである。
付き合いきれないが、付き合うしかない現状を呪った。そう、俺――グリム、その名付け親は、悲しいかな、彼なのである。
『もう時間がないから、手短に説明するぞ』
「最初からそうしてほしかったです」
『ステータス確認は、両手の薬指の先を二回合わせるとできる。後ろにある宝箱は開けてよろしい。お主は今【ノービス】だが、【ウィザード】になりたいなら遺跡に、【ファイター】になりたいなら町に行くのじゃ。それから、死んだらこの世界からは退場することになる。その場合は、二度とこっちに戻ってくることはできない。くれぐれも、魔物には気を付けるのじゃぞ。あとは――まぁいいか、達者でのぉ!』
「あ、ちょっと待って、爺さ、ん……」
言いたいだけ言って、その声の主は消えてしまったようだった。振り返ると、RPGでよく見る、ステレオタイプの宝箱があった。思ったよりも大きい。石油を入れる20リットルタンクが四つ入るくらいの箱である。
がさごそ。
宝箱を探る。ちゃんと入っていた、ローブ。着るものはそれだけ。
とりあえず着用する。
裸ローブ。
裸足。
――変態以外の何物でもない。
他に入っていたものは、麻袋に入った銀貨三枚。
フランスパンのようなパン1/2。
棍棒。(麺棒ほどの長さの物)
(「……どうしろって言うんだ」)
老人の言っていた言葉を思い出して、薬指と薬指を、二回とんとん合わせてみた。
すると、手と手の間に、ぽん、と音を立てて巻物が現れた。
忍者の持っているような、本物の巻物だ。
タイトルは――『グリムのステータス』
そのままだった。
開くと、中の文字は横書きになっていた。
掛け軸のように広げてみる。
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