第83話:描写は回りくどくない

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例文

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 目の前に、五メートルはありそうな荒縄があった。

 僕はそれで輪を作り、首にかける。

 首を一周する輪は、まるで僕を逃がさない意思表示のようだ。

 そして、僕の肌を傷つけたくて仕方がないように刺激する。

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 さて。

 4行目の描写文の説明で「具体性をカットして」という話をしました。

 では、なんでそんなことをしたのかが問題です。



 どこかで、「小説とはわざと回りくどく書いた無駄が多い文章だ」とか書いてある解説がありました。

 確かに「荒縄がチクチクした」と書かずに「僕の肌を傷つけたくて仕方がないように刺激する」と書いてあれば、そういう風に感じるかもしれません。


 しかし、あえて言います。

 「小説とはわざと回りくどく書いた無駄が多い文章だ」はまちがいです。


 それは、私に言わせれば、下手な小説です。

 「回りくどく」書いたのではなく、それが近道だから書いたのです。

 その文章に「無駄」などないものなのです。



 描写文は、伝えるのではなく想像させる文章です。

 それは、具体性がある説明文ではできないことです。

 人間は具体的な情報を与えられると、そこから想像することは少ないのです。

 なにしろ、想像する必要がないのですから。


 「荒縄がチクチクした」と言われたら、ほとんどの人が「うん、それで?」となるでしょう。


 でも、「荒縄が、僕の肌を傷つけたくて仕方がないように刺激する」と言われたら、「ああ。荒縄ってチクチクしてそうだよな。毛羽立っていて」と荒縄の姿を想像するかもしれません。


 これは回りくどいのではなく、「荒縄」という姿を「描写」させるのに合理的な手段なのです。

 「回りくどく」なったり、「無駄」と感じるのは、それに失敗している時でしょう。

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