第60話 突撃、カオルちゃんの店 3

 カフェの中は、依然喧騒にざわついていた。どのテーブルも、それぞれがそれぞれの話したいことを話す声たちでとっても賑やかだ。だからかな、突然現れた背の高い男性を、宇宙外生命体でも見るように珍しさと驚きとでマジマジと見続けていたんだ。

「初めまして、市原薫です」

 サラリと挨拶をした薫という男性が、空いている席にストンと腰掛けた。薫という男性パティシエの動きに合わせ、私の視線もストンと下がる。視線はまだはずせない。

「こちら、西崎葵さん」

 タイちゃんに紹介されて、ガン見していた私は慌ててお辞儀をした。

「こんにちはっ」

「へぇ~。これが太一の」

 頭を上げると、含んだ言い方をして、私のことを隅から隅まで観察するみたいに眺めている。思わず頬が引きつり苦笑い。

「薫、見すぎ」

 タイちゃんが注意すると、薫と言われた男性がククッと声を上げて笑う。

「だって。太一が長年ベタ惚れしていた女だろう。そりゃあ、じっくり見たくもなるって」

「やめてくれよ~」

 タイちゃんは、薫って人の言葉に酷く照れて笑っている。だけど、私は未だにこの状況をよく飲み込めずにいた。

 えっと、カオルちゃんじゃなくて、薫君?

 えっと、じゃあ。お店のカウンターに立っていたキュートな彼女は誰?

 私の疑問を解決するが如く、「遅れました」と現れたのはそのキュートなその彼女だった。

 ひっ。カオルちゃん登場!?

「あ、こいつ。俺の彼女。佐々木奈緒」

「初めまして、佐々木です」

 そういってキュートな彼女はニコリと微笑み、私にぺこりと頭を下げた。

 うん、やっぱり笑窪が愛らしい。

 じゃなくて、な……お?

 はひ?

 混乱が混乱を呼ぶ。私の頭の中は、整理がつかなくてぐちゃぐちゃだ。

 そうこうしているうちに、タイちゃんが私の左手側の席へと移動してきて、佐々木菜緒さんは薫君の隣、私の前に腰掛けた。

「ゼリー、美味かっただろ?」

「うん。メッチャ美味かった。ね、葵さん」

 タイちゃんに同意を求められて、パブロフの犬の如くうんうん。と首を縦に振る。

「あれ。俺が作ったんだぜ」

「やるじゃん薫」

「まーな」

 得意げな顔の薫君。ほうけた私を取り残し、タイちゃんとの会話は弾みに弾んでどんどん進んで行く。その話しの内容を聞いてみれば、私の勘違いが次々と発覚していった。

 薫君は、タイちゃんと中学に入るまでとても仲良くしていた友達らしく。タイちゃんのお祖母ちゃんとも面識があって、とても可愛がってもらっていたとか。

 中学に入って少しすると、薫君は両親の都合で引越しをしてしまい、二人はなかなか会えなくなってしまうのだけれど。それでも、仲のよかった二人はたまに連絡を取り合っていたんだとか。

 そうして、タイちゃんのお祖母ちゃんが亡くなったことを知った薫君は直ぐに駆けつけたくも、たまたま勉強のためにフランスへ行っている時で葬儀に参列することができなかった。そうしてフランスから戻ったのが、あの電話の日で。ゼリーを持ってきた日は、お祖母ちゃんのお仏壇にお線香をあげに来てくれたみたい。

「葬儀の時は、一緒にいてやれなくて本当に悪かったな……」

 薫君は、タイちゃんに向かって頭を下げる。

「仕方ないよ。薫には薫の仕事があるんだし。頻繁に海外へ行ってんだろ?」

「ああ。今の仕事場、研修で色々行かせてくれるんだ」

「よかっじゃん」

 タイちゃんに言われて、薫君は笑みを浮かべている。

 そんな二人を見守るようにしているのが、薫君の彼女の菜緒ちゃんなんだけれど。お線香を上げにやってきた日、彼女も一緒にお仏壇に手を合わせてくれたんだって。だからさっきお店に顔を出した時、面識があったから人懐っこそうに会話をしていたわけね。

 それにしてもこの二人、結婚でもするのかな。穏やかに、見守るようにして薫君のことを見つめる奈緒さんの瞳に、私はそんなことを思った。

 そんな菜緒さんは時計を気にして、薫君になにやら断りを入れている。

「すみません。お店の方、余り空けられないので私はお先に」

 来た時と同じようにぺこりと頭を下げた菜緒さんは、薫君に少しゆっくりしてきてね。と小さく告げてカフェを後にした。

「忙しいのに、悪いな」

「平気、平気。レジは忙しいけど俺の方は、少しゆっくりしてきてもいいって言われてるから」

 そこで一息つくようにコーヒーを口にしたあと、薫君は落ち着き払った顔で私とタイちゃんを交互に見て言った。

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