第53話 お祖母ちゃん 2

 病院からのバスを降りたあと、私たちはゆっくりと家に向かった。何かを話すわけでもなく。ただ、二人とも歩を進める。いつもと違っておとなしい私たちだけど、それを指摘する人もいない。だから、余計にしんみりと寄り添うように並んで歩いた。

「今日は、ありがと。葵さんに逢えて、祖母ちゃんも嬉しかったと思う。やっと連れてきたんだなって顔してたし」

 そういってタイちゃんが静かに笑う。

「私こそ。逢わせてくれてありがと」

 本当に、ありがとう。

 タイちゃんと血の繋がるおばあちゃんと逢えたこと、私は忘れない。

 タイちゃんのことを見つめるあの眼差しも、とてもあたたかなあの手のぬくもりも、私はきっと、一生忘れない。だって、タイちゃんとおんなじ温かさだったのだから。


 それから三日後。タイちゃんのおばあちゃんは、タイちゃんの前で静かに息を引き取った。看取ることが出来てよかったと話すタイちゃんの瞳は揺れていて、私はタイちゃんの大きな身体をぎゅっと抱きしめた。どんな言葉よりも、今のタイちゃんにはこうする方がいいような気がして、私はただただタイちゃんを抱きしめたんだ。

 抱きしめたタイちゃんの温もりは、やっぱりおばあちゃんと同じでとても温かくて。私は、タイちゃんがイヤだといわない限り、この温もりからずっと離れないと決めた。

 我慢し続けていたタイちゃんの瞳からは、温かな涙が流れていた。


 四十九日が過ぎた頃、タイちゃんの元気は回復していた。

 お祖母ちゃんが亡くなってから直ぐ、タイちゃんからはいつもと変わらずにいて欲しい。とお願いされていた私は、相変わらずな感じで冗談や突込みを入れていたけれど、タイちゃんの元気はさすがにいつもと同じというわけにはいかず。だけど、ここで私が凹んでる場合じゃないと、タイちゃんの前では笑顔でいるように努めた。

 お母さんや涼太もまいってる感じがあって、私はその二人の前でもなるべく明るく振舞い続けていた。その甲斐あってか。もともとのタイちゃんの性格のおかげか。生活は、以前の色を取り戻す。

「この家。広いよな」

 おばあちゃんの荷物の整理を手伝うために、私はタイちゃんの住んでいる家に来ていた。二階建ての一軒家。古い造りの家屋だけれど、ずっと大切にしてきたのがわかる佇まい。

「祖母ちゃんが施設に入ったときも、一人になって広さを感じたけど。いなくなった今は、もっと広く感じる」

 古い段ボール箱の中身を丁寧に確認しながら、おばあちゃんの思い出を整理しているタイちゃんが独り言みたいに話す。

 確かに、一人で住むには広いよね。一階には、台所と茶の間。お風呂と和室とおばあちゃんの部屋。二階には、タイちゃんの部屋とご両親が使っていた部屋があるみたい。あと、客間も。

 こんなに広い家なのに、使われているのは、台所とタイちゃんの部屋とお風呂だけ。

 そんなの寂しくなっちゃうよね。

「私が住んじゃおっか?」

 半ば冗談で言ってみた。だって、タイちゃんと一緒ならきっと楽しいだろうし。この部屋の寂しさや広さだって、二人なら少しは減ってくれる気がしたから。

「いいね、それっ」

 タイちゃんが弾むような笑顔を向ける。だけど、その直ぐあとに困った顔をした。

「けど、やっぱやめとく」

「なんで?」

「いくら俺でも、嫁入り前の葵さんを連れ込むなんて、おじちゃんやおばちゃんに悪いよ」

 少し肩をすくませるタイちゃん。なんやかんやといい加減な感じを前面に出すようなタイちゃんだけれど、意外とちゃんとしてる。

「じゃあさ。涼太と住めば?」

「おおっ。それはいい案だよ、葵さん。さすがっ」

 何がさすがなのかは置いといて。タイちゃんは、涼太と住むという案に乗り気になっている。早速、明日にでも連絡を取って訊いてみるらしい。

 荷物の整理を終えたタイちゃんと二人で、うちの実家に顔を出した。毎度顔を出しているはずのタイちゃんに、今日もお母さんは嬉しそうにしてご飯やお菓子を勧めている。

「タイちゃん。今日は揚げ物なのよ。たくさん作るから、帰りに持っていってね」

「ありがと、おばちゃん」

 タイちゃんも慣れたもので、お母さんにニコニコと笑顔でお礼をいったあとは、お父さんの庭仕事を手伝いに行った。

「元気になってよかった」

 お母さんがおやつのおせんべいを一口食べてから、タイちゃんとお父さんがいる庭に視線を送る。あっという間にDIYに飽きたお父さんは、今は家庭菜園に精を出していて、トマトがなかなか赤くならないことについてタイちゃんと議論している。

「ご両親が亡くなって、今度はおばあちゃんだものね」

 しんみりと呟き、お母さんはタイちゃんを眺めている。

 私たちが落ち込んでいても仕方ないじゃない。そういったのはお母さんだ。だから私はお母さんを励ますように明るく言った。

「タイちゃんなら、大丈夫だよ」

 顎を突き出し得意気な顔をすると、お母さんはふっと息をつき頬を緩める。

「そうね。タイちゃんだものね」

「そう。それに、私がいるからっ」

 鼻息も高らかに宣言する。

「私がタイちゃんをずっと笑わせるから。だから、大丈夫」

 力強く言い放つ娘を、目の前で微笑み見ている。

「喉渇いた~」

 トマト議論を切り上げたタイちゃんが、私たちの座るテーブルに来てお茶の催促。

「あれ、葵さん」

「ん?」

「何、鼻の穴大きくしてんの?」

 そう突っ込まれて、タイちゃんを笑顔にするといきまいた顔が恥ずかしく、瞬時に手のひらで鼻を覆い隠すのでした。

 目の前ではお母さんが肩を揺らして笑っていた。

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