第45話 病気 1

 タイちゃんを見送ったあと、昨日の事は余り気にしないように、身構えないように、と思っていても、気がつけばスカートじゃなくパンツを選んでいる時点で充分身構えている。

 今までキラキラと眩しかった篠田先輩のイメージが、昨夜で一転したからだ。

 油断していた、というか。何も考えずにほいほいと先輩にくっついていった自分が悪いのだけれど。

 社に入る時も思わずきょろきょろと辺りを窺い、先輩がいないか気にしてしまう。

 挙動不審全開でフロアへ踏み込むと、瀬戸君が既に出社していていつものように机に向かっていた。今日も朝から、全力でお仕事モードだ。何事にも動じないようなその姿勢が羨ましくて、感心もしてしまう。

 瀬戸君の忠告をちゃんときかず、深く考えもしないで先輩と飲みに行ってしまった昨夜。いくら、タイちゃんとのことがあったとはいえ、あの場にそのタイちゃんが来てくれなかったら……。

 引き攣り顔で椅子に腰掛けると、ツカツカと足音が近づいてきた。もしかしたら先輩かもしれないと、ドクンッという緊張とも恐怖とも違う、焦りの滲んだ心臓の鼓動を抱えて振り返る。

 冷や汗交じりで振り返ったところには、瀬戸君が立っていた。思わずほっと胸をなでおろす自分に、昨日の出来事の大きさを改めて知った。

「なんだよ。顔色が悪いな。調子でも悪いのか?」

 たくさんの書類を手にした瀬戸君が、珍しく心配してくれる。そんな表情とは裏腹に、仕事の書類はどすんっという鈍い音と共にしっかりと私のデスクへと置かれた。

 今日も容赦ないです。

「やる事は山ほどあるんだ。調子が悪いなら、とっとと早退しろ」

 私の机に書類を置いたあと腕を組んだ瀬戸君は、いつもの口調で厳しく言ってくる。だけど、瀬戸君にしてみたら優しい気遣いのうちに入るだろう。だって、いつもなら這いつくばってでもやれ、というところだろうから。そんな風に言わないということは、それだけ私の顔が青ざめているということなのだろう。

「ありがと」

 体調が悪いわけじゃないから、と小さく呟き書類に手を伸ばすと、何か一瞬言いたげだったけれど、結局何も言わずに瀬戸君は自席へと戻っていった。

 デスクに向かって黙々と集中して仕事をしていれば、先輩と顔をあわせることもないだろう。安易な気持ちで過ぎ行く時間に身を任せていると、しばらくして、驚きの人物がやってきた。

「ちょっといい?」

 瀬戸君とおそろいみたいに腕を組んだポーズで私に声をかけてきたのは、壁バンでおなじみの橋本さんだった。

「はっ、橋本さんっ!?」

 余りにびっくりして、椅子からずり落ちそうになる。そんな私の態度をほっそい目をしてみている彼女。

 うん。今日も変わりなく恐いです。



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