第50話 ごめんなさい 2
予約のお客さんだけとは言っても、お店が忙しいに変わりはない。いつまでも木山さんを、ここに引き止めてちゃダメだよね。
「えっと……あの。……ずっと凄いことだって、思っていたんですっ」
突然わけのわからない切り口で話し始めた私を、木山さんは少し驚きながらも穏やかな表情で見ている。
「木山さんは、とても誠実だし。仕事もできて、自分のお店もあって、向上心だって高くて。なのに、こんな頓珍漢な私をまともに相手してくれるなんて、驚きだったんです」
「どうしたんですか、急に」
木山さんは、ほんの少しだけ困ったような笑顔で私を見ている。だけど、やっぱり優しいから、穏やかで見守るような表情で私の次の言葉を待ってくれた。
「私、好きな人がいるんですっ」
気持ちを奮い立たせるように、私はきっぱりと言いきった。
「え……好きな人……ですか」
私の告白に、さすがの木山さんでも穏やかな笑みが薄れていった。
「私、気がつくのが遅かったんです。いつもなんとなく適当に生きてきて、失敗もよくするし、あわてんぼうだし、落ち着きないし。だけど、そういうのを当たり前に受け止めてくれる人が居て。それまでは、なんていうか。そういうのが自然すぎて、当たり前すぎて。それがどういうことなのかなんて、考えもしていなくて。だけど、当たり前にあるその存在に気がついちゃったら、というか、強引に気づかされちゃったら、なんて言うか、気持ちがそこにピタッとはまってしまって。その――――」
「西崎さん。落ち着いてください」
まとまりのない話を早口で捲くし立てている私を、木山さんが穏やかにさえぎった。
「すみません……」
謝る私へ、ゆっくりと首を振る。
「大切な方が、いたんですね」
木山さんが、少しトーンを落として寂しげに言った。私は、それに頷く。
「解っていた気がします。西崎さんは、とても明るくて人懐っこくて。だから、もてるんだろうなって、初めから思っていたんですよ」
「もてるだなんて、そんなこと」
私が慌てて否定すると、木山さんに少しだけ笑顔が戻った。
「僕の料理を気に入って褒めてくれて。僕はまた一人で浮かれてしまったみたいですね」
悲しげな表情の木山さんに、申し訳なさで一杯になっていく。
「食事は、中止ですね……。僕の告白は、気にしないで下さい」
「すみません……」
「いえ。こうやって、ちゃんと顔を見て話に来てくれて、ありがとうございます」
「当然ですっ」
思わず力んでしまった。
こんな大切なこと、電話や何かで済ませるなんて、おかしいもの。真剣に想ってくれる木山さんだからこそ、私はちゃんと顔を見て話したいと思ったんだ。
「今時、なんて僕がいうのも変ですが。便利な物が溢れていますからね。顔も見ずにお終いになるなんて、珍しくもないです。なのに、西崎さんはちゃんと逢いにきて、自分の口から伝えてくれた。やっぱり西崎さんは、素敵な人です」
今にも泣き出しそうな表情の木山さんが、笑みを浮かべている。目の前にあるその顔を見ていると、これ以上なんて言ったらいいのか解らなくて、私はただその顔を見ているしかできなかった。
少しの沈黙が流れた。通りを行く車の音や、人通りが少しずつ増えていく。このお店にやってくるお客さんだって、現れるだろう。こんな風に、いつまでもいたら迷惑だよね。
さよならを言わなくちゃ。
そう口を開きかけたところで、木山さんが表情を変えた。さっきまでの悲しそうな顔から、お店を背負う店長としての凛々しい顔になる。
「食事。また、しにきてくださいね」
「え……けど」
戸惑う私に、いつもの穏やかな笑みが返ってくる。
「西崎さんにおいしいって言ってもらえるのは、嬉しいので」
吹っ切ろうとしてくれているのが伝わってきた。今までのようにいられるか解らないけれど、誠実な気持ちが伝わってくる。そんな風な木山さんだから、私も真剣に応えなくちゃいけない。
「わかりました。私も、ここの料理が好きなので、必ずまた来ます」
少し時間はかかるかもしれないけれど、また、必ず食べに来よう。
私は、木山さんにゆっくりと頭を下げた。そうして踵を返そうとしたところで、木山さんがもう一度口を開く。
「西崎さん。一つだけ、教えてください」
「はい」
「西崎さんの好きな方は、以前話してくれたタイちゃんという方ですか?」
そう訊かれて、驚きに目が丸くなる。
「どうして」
訊ねる私に笑顔だけ返すと、木山さんは小さく頭を下げてお店に戻っていった。
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