第26話 無事帰還 2

「ありがとうございました」

 会社を出てから先輩へ、瀬戸君の攻撃から救ってくれたことにお礼を言うと「どういたしまして」と笑顔をくれる。

 ああ、神のようなお方だ。篠田先輩の方へ、足を向けて寝られないよ。

 ルンルンと隣を歩いていた私だけれど、先輩の向かっている先が気になった。

「あのー。ランチはどちらで?」

「西崎さん絶賛の、ドレッシングが美味しい店」

 そういって、篠田先輩が迷うことなく足を進める。

「えっ……」

 マズイ。どうしよう。返事も決まっていないのに、木山さんのお店に行くなんて。しかも、告られているのに篠田先輩と二人で顔を出したりなんかしたら、気分を悪くしちゃうよね。

「あっ、あのっ」

「なに?」

「今日は、別のお店にしませんか?」

 訊ねながら顔が引き攣っていく。

「え? なんで?」

 な、何でといわれても……。そのお店の店長さんに告白されて、まだお返事していないんで。とは言えるはずもなく。かといって、咄嗟にうまい嘘も出てこない。

「何で、ということもないのですが……」

「じゃあ、行こう。俺もあの店気に入ったんだよね。メシうまいし。今度は別な物食ってみたいんだよ」

 先輩は、半ばはしゃぐような感じで足取りが軽い。

 うぅ。困ったぞ。先輩も、何でこんな時にそんな無邪気な。

 ひじょーーーに、困った。どうする? 腹をくくるか?

 結局、腹をくくる間もなく、先輩に引き摺られるようにお店に到着。しかも、今日に限ってうまい感じですぐに席が空いて座れちゃったりするし。更に、その席ってば厨房からよく見える席だったりするし。

 もぉー……。どうにでもなれっ。

「いらっしゃいませ。西崎さん」

 席に座って腹をくくったところで、他にもフロア担当の人がいるのに木山さんがお冷を持って現れた。

 今は、チェンジで! と心の中でアタフタ。

「こ、こんにちは」

 マズイ、つっかえた。動揺しているのがバレバレじゃないの。

「篠田さんも、またいらしてくれてありがとうございます」

「へぇ。俺のことも憶えてるんだ」

「もちろんです。西崎さんから、お話は伺っていますので」

 そういわれて、篠田先輩が私と木山さんとを交互に見たあと、片方の口角を少しだけ持ち上げた。ような気がしたのだけれど、気のせいかも。

 今日も素敵な営業スマイルで木山さんは私たち二人を迎え、本日のおススメ料理を紹介してくれた。私は、エビとトマトのクリームパスタに、あのドレッシングのサラダを注文した。

 先輩は、鶏肉ときのこのクリームパスタに、私と同じサラダ。しかも、パスタは大盛りだ。

 たくさん食べる人って、気持ちいいよね。って、余裕かましてる場合じゃないのよ。

 伺うように、木山さんの顔をのぞき見ると、普段と何も変わらない。いつもの木山さんだった。まるで、あの夜の事は私の見た夢だったみたいに、いつもと変わらない態度をしている。なんなら、妖精とこびとの方が現実だったのかもしれない、なんて思えるくらい、木山さんは普通なのだ。

 私が気にし過ぎなのだろうか?

 木山さんが下がると、先輩が身を乗り出してくる。

「西崎さん。あの店長さんと、何かあったの?」

「へっ!?」

 余りの鋭い質問に、素直すぎる私の反応を見た先輩は、ふ~ん。なんて言って、乗り出した身を元に戻し、背もたれに寄りかかった。

「あの店長さん。クールな対応するわりに、結構ガンガンいくタイプなんだ」

 ちょっと驚いたな。なんて、先輩は一人でブツブツ。そんな先輩に、木山さんとのことをこれ以上訊ねられるのも返答に困るので、別の話題をふってみることにした。

 あの人のことを訊いてみよ。

「先輩」

「ん?」

 私が話しかけると、ブツブツとしていた独り言をやめて現実に戻ってきたみたいな表情になる。

「前に、コピー機を借りた時があったじゃないですか」

「ああ、うん」

「あの時の、橋本さんて、どんな人なんですか?」

 素朴な疑問だった。あんなに敵意をむき出しにされてビビッたのは確かだけれど、そんなにまでして篠田先輩に私を近づけたくないって思うくらい好きって、とても真っ直ぐな気持ちの持ち主なのだろう。そんな彼女の気持ちに、篠田先輩は気づいているのだろうか? ただ、それだけだったのだけれど。訊かれた先輩ってば、とても焦ったような態度になった。

「なっ、何を急にっ。何で彼女の事なんか訊くの!?」

 動揺しまくりの質問返しに、この質問はいけなかったんだろうか、とこっちが焦る。さっきまでお冷には見向きもせずに何か考え込んでいたというのに、グラスに手を伸ばしたかと思ったらグビグビと一気に飲み干してしまった。

「お代わり……もらいますか?」

 思わず気を遣ってしまうくらい。

「そ、そうだな。すみませーん」

 先輩は、自ら近くの店員さんへ声をかけると、お冷のお代わりをもらう。それをまた半分ほど体内に流し込むと少し落ち着いたようだ。

「彼女、何か言ってた……?」

 なんとなく探るような表情で問い返されてしまったけれど、なんとも言い難い。まさか、壁バンで威嚇されました、とはいえないよなぁ。

「いえ、何も」

「そうか。えーと彼女は、そのー。同期だね。うん。そう。同期、同期」

 なんだか落ち着かない様子になってしまった篠田先輩は、同期ってところを繰り返し強調している。

 どうしちゃったんだろう? 橋本さんの話題は、禁句なのかな? まさかあの壁バンは、あのフロアでは恒例行事なくらい有名で、篠田先輩もやられたことがあるとか?

 あ、篠田先輩は、やるほうか。しかも、バンしゃなくて、やるならドンの方だよね。篠田先輩に壁ドンなんかされたら、ドッキドキのキュンキュンで、もうなんでもしてくださーい。てな感じになっちゃうよね。想像しただけで顔が熱くなるよ。

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