第54話「おみやげはなんですか?」

「おはようございますですわ」


 元気よく出社してきたのは、悠でした。


 気持ち、少し焼けています。


 ゴールデンウィークの中日に、ぽこんとできた平日。


 ここも休めば大型連休ですが、休まずにゴールデンウィークの明けとしている人も多いようです。


 悠も昨日、旅行から帰ってきたようです。


「おみやげ、買ってきましたのよ。今、お分けしますね」


 連休明けのおみやげ配りは、ほぼ恒例の風物詩です。


 悠が大きな紙袋を漁り始めます。


「上空さんは、どこに行かれたのですか?」


 皆藤が質問すると、悠が「うふふ」とうれしそうに笑います。


「実は一足先にハワイで夏を楽しんできてしまいましたわ」


「おお、ハワイですか。なるほど、それはいいですね」


 皆藤はそう答えますが、ふと夢子は嫌な予感がします。


「はい。まずはこれね」


 悠が袋から赤いビニールに包まれた薄いお土産を出してきます。


「これ、おいしいのよね。ビーフジャーキー」


(キター――!!)


 夢子、頭の中で「キター」のAAを描きながらも、がっくりと肩を落とします。


 なぜならうれしい「キター」ではありませんでした。


「それから、マカダミアナッツのチョコレートね」


「キター――!」


 とうとう夢子は口に出してしまいます。


「あら。どうしましたの、花氏さん。そんなに嬉しかった?」


「違いますよ! どうしてビーフジャーキーとマカダミアナッツなんですか!」


「え? なんとなくイメージがこれで……」


「そんなの、上野のアメ横行けばいくらでも買えますよ! 通販でも買えますから!」


「……あら。そうなの?」


「おはようございます★」


 そこに珍しく朝から圭子もやってきます。


「あれ? 圭子ちゃん、学校は?」


「うちの学校、連休になっているんですよー」


「……最近の学校はアバウトね」


 夢子もびっくりです。


「ああ。わたし、沖縄旅行に行ってきたので、おみやげ配りますね★」


 そう言って彼女も手持ちの紙袋を漁ります。


「まず、定番のちんすこうでしょう……」


 夢子は、知っています。


 昨日、近くのスーパーで売っていたことを。


「それから、沖縄の工場で作っているミミガージャーキー! 辛口でおいしいんですよ! ちょっと珍しいでしょう?」


 夢子は、知っています。


 今時、Amaz○nでも買えてしまうことを。


「それから、やっぱり琉球ガラスかなと思って、ガラス工房ってところで皆さんのグラスを買ってきました! 重くって大変だったんですよ。配送無料と言われたけど、すぐに持って帰りたかったから頑張って持ってきてしまいました」


 夢子は、知っています。


 近所のショッピングモールの中にある、沖縄のアンテナショップでまったく同じものが売っていることを。


 だけど、夢子はそのことをおくびにも出しません。


 やはり、気持ちがうれしいわけです。


 だから、夢子は圭子に「ありがとう、うれしいわ」とだけ伝えます。


 しかし、悠に対しての態度とはかなり違います。


「おーい! ヘルプデスク、集まっているか?」


 南がひょっこりと顔を出します。


「おお。いるな。君らにも、おみやげを買ってきてやったぞ」


 夢子は、正直うんざりです。


 おみやげが多いのはうれしいのですが、サプライズ的な要素がありません。


 それに、定番が多いと、「おみやげがかぶった」みたいなサプライズがくる可能性もあるわけです。


「おや。南さんは、どこに行かれたのですか?」


 皆藤の質問に、南はわざとらしく両肩を持ち上げます。


「いや、それがさぁ。緊急の仕事が入っちゃって連休が取れなかったたから、どこにも行ってないんだよね」


「おや。それはそれは。でも、それなのにおみやげなのですか?」


「ああ。実はずっと気になっていた、パティスリー・カツオっていうケーキ屋があってさ……」


 ピクッと夢子が反応します。


 そう。その店は夢子もずっと気になっていた店です。


「いつもスゲーならんでいて買えなかったんだけど、ゴールデンウィークのせいか人が少なくて、さっき覗きに行ったら簡単に買えてさ。調子にのっていっぱい買っちゃったんで、おすそわけでもと――」


「――南さん!」


 突如、夢子が立ち上がります。


 その勢いに、南は顔をこわばらせて固まります。


「私……私、はじめて南さんのことを諸手を挙げて歓迎いたします!」


「……今まで歓迎されていなかったわけね……」


「それよりもケーキ! 食べましょう! 飲み物用意しますね!」


 遠くの定番品より、近くの限定品。


 おみやげは難しいものですね。



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■用語説明

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●ビーフジャーキー

 天狗が有名でしょうか。

 私は好きです。


●キターのAA

 「キタ━━━━(゜∀゜)━━━━!!」

 他にもいろいろありますね。


●マカダミアナッツのチョコレート

 マカダミアホストのが有名で、通販でも購入できます。


●上野のアメ横

 年末年始にいくと身動きが取れなくなって、気がつくと数の子とかいくらとか、異様に大量に買っていることがあるという恐ろしい場所です。


●ちんすこう

 通販で買えます。


●ミミガージャーキー

 豚の耳皮のジャーキーです。

 辛くないのもあります。

 通販で買えます。

 けっこう旨くて、ビーフジャーキーより歯に挟まらず食べられて好きです。


●ガラス工房

 沖縄の道の駅と合体しているところがあります。

 ぶっちゃけ、そういうところよりも、街のお店を訪ねた方がガラス製品はユニークなのが手に入ります。


●沖縄のアンテナショップ

 越谷レイクタウンのkazeで見つけた時のショックたるや……。

 なんのために重い思いしたり、配送料を払ったりして持って帰ったのだろうと……。

 ぐすんっ。

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