第30話「英語が話せるんですか?」

 今日のヘルプデスクはかなり多忙です。


「ええ、そうですわね。それは控除額の計算が……」


「なるほど、わかりました。その病状に関しては泌尿科に……」


「はい。それは、オフィスソフトの仕様上の問題なのであきらめてください」


 悠、圭子、そして夢子も電話対応に追われています。


――プルルル……


 ここで電話がかかってきたら、皆藤がとるしかありません。


「はい。ヘルプデスクです」


〈Hi ! Do you speak English ?〉


 聞こえてきたのは、渋めの声のネイティブ英語です。


 ヘルプデスクは、英語受付はしていません。


 しかし、そこは皆藤も長年やっているプロです。


 どのように対応するのか、ノウハウがあります。


「Sorry, I don't speak English」


 これで万事OKです。


〈Oh! ...I would like to ask a question in English...〉


 しかし、今日のユーザーはあきらめてくれません。


 そもそも、なぜ問い合わせができているのかも謎ですが、それを聞きだす英語力もありません。


「皆藤さん、英語での問い合わせならかわりましょうか?」


 その時、ちょうど悠の電話が終わりました。


 実は悠の母親は、海外生活が長く、悠も幼いころから英語を学ばされていました。


 なんと胸だけの女ではなかったのです。


「Thank you for calling. How may I help you ?」


 すらすらと悠が応対します。


――プルルル……


 また電話ですが、やはり手隙は皆藤だけです。


「はい。ヘルプデスクです」


〈Hello, This is Jan Mackenzie at CDE company. I'd like to speak to sameone in chage.〉


 また英語です。


 皆藤は、無表情ながら冷や汗をかきます。


「……Sorry, My English isn’t very good. I’ll get someone who speaks English. One moment please.」


 とりあえず、メモしていた定型文を読み上げます。


 要するに「ぼくちん、英語苦手でちゅー。英語得意な人にかわるでちゅー。ちょっと待つでちゅー」という意味です。


「わたしが代わりましょうか、皆藤さん★」


 圭子がニコッと微笑みます。


「え? 石野さんは英語できるんですか?」


「まあ、アメリカの医学論文とか読みたかったので、英語とドイツ語は少々……」


「…………」


 内心、皆藤はかなりショックですが、とりあえず圭子に代わってもらいます。


「Sorry to keep you waiting. This is Helpdesk speaking. Can I have your company name, please ?」


 本当に圭子もペラペラと話し始めています。


「皆藤部長、うちは英語の受け付けもするんですか?」


 そこに電話が終わった夢子が、眉を顰めながら訪ねてきました。


 皆藤は首を横に振ります。


「いいえ。うちは国内のサポートだけですが、たまになぜかかかってくるんですよ。……ちなみに、花氏さんは英語は話せるんですか?」


「話せません。コンピューター関係の英語の資料を読むぐらいは、翻訳ツールを使えば何とかなりますけど」


「そ、そうですか……」


 どこか安心してしまう、情けない皆藤です。


――プルルルル……


 また電話が鳴ります。


 しかし、皆藤は悪い予感にとらわれて、つい受話器に手が伸びません。


「はい。ヘルプデスクです」


 それを夢子がとりました。


 しかし、どうやら皆藤の懸念は当たっていたようです。


 夢子が受話器を抑えながら、皆藤に小声で「英語です」と教えます。


 しかし、悠も圭子もまだ対応中です。


 あきらめたように大きなため息をついてから、夢子が受話器を耳に当てて開口します。


「I'm sorry. I can't speak English. But, I can speak C, C++, Fortran, Java, JavaScript, Scala, Perl, VB,PHP, Prolog, LISP...」


「い、いや、あのぉ……それ、言語は言語でもプログラム言語では?」


 横で皆藤がツッコミをいれますが、夢子は無視で話を続けます。


「VB ? Oh, OK ! ... Option Explicit, Dim objFSO As String ... Oh! Yes, Error code 93 !」


「……なんで、それで会話できてるんですか?」


 なぜか夢子は、そのまま電話の相手と意思疎通し始めます。


――プルルルル……


 また電話です。


 もちろん、手が空いているのは皆藤だけです。


 皆藤は、覚悟を決めます。


「はい。ヘルプデスクです」


〈Hello, Helpdesk. This is Yasuke Yamada. Can you speak Japanese・・・・・・・・ ?〉


「No, I can't !!」


――ガシャン!


「……あ……」


 あわてすぎた皆藤は、とうとう日本語まで話せなくなってしまいました。


   ◆


「あれ? 皆藤部長は?」


「なにかこんなメモが残っていましたわ」


――スピードラー○ングしながら、駅前留学してきます。


「いったい、どうしたのでしょう?」


「さぁ?」




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■用語説明

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●「C, C++, Fortran, Java, JavaScript, Scala, Perl, VB,PHP, Prolog, LISP」

 すべてプログラム言語です。

 ほかにも夢子は扱える言語が多数あるようです。


●「Error code 93」

 このエラーコードは「無効なパターン文字列です。」というエラーです。

 ……本当に、話が通じているのでしょうか?


●〈Can you speak Japanese・・・・・・・・ ?〉

 作者は英語でかかってきた電話で緊張して、「I can't speak Japanese!」と言ってしまったことがあります!

 そんな作者が書いているので、怪しい英語があったら教えてください(笑)。


●「スピードラー○ング」

 これ、本当に効果あるのでしょうか。

 あるならやってみたいところです。

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