第3話 願った者

 夢に意味が有るなんて思ってない、正夢なんて1度も無かったんだから有るわけがない、それても1度見た恐怖は消えない。柳子と呼ばれた女性は私に何をさせたいのか考えてしまう。

《人間の命を》

 耳を塞ぐように、聞こうとしなかった言葉が浮かぶ。鏡を見て何日目だったかは忘れた、1度だけ願いを叶えたいなら人間の命を捧げろと言われたことがある。

「そんなの出来ない……出来ないよ」

 出来るわけがない、恐ろしいことを私がするなんて。

 どうしたらいい?どうしたら鏡から解放されるかな?……千里。


解決策を見つけたくて鏡について噂がないか調べた。古い鏡なのだから今回が初めての現象とは思えない、私と同じ体験をした人が必ずいるはず。

最初に調べたのは、鏡がこの博物館に来ることになった理由。別の理由で此所に来たのではと思っていたが、いたって普通の博物館で評価も此所と変わらない。

 古い建物の内装を変えることになり【休館します】と書かれているだけ。

(掲示板もネットブログにも、悪い話は無い。前の博物館では、変な現象は起きなかったのかしら?)

「ーーくん」

(絶対何かあるはず。こんな夢を見始めたのは鏡が来てから、経緯を辿れば)

「ー井くん。聞いてますか?平井君」

 誰かに呼ばれていることに気付き振り返ると、館長が私を睨み付けていた。

「仕事中に何をしているのですか?予約者とキャンセルのチェックは?イベントの企画書は?」

「いえ、まだ予約のお客様との日程調整の方が終わってません」

「仕方ないですね。そちらは私がやっておきます。平井君にお客様です、二宮さんって男性」

二宮、その名字に私は血の気がひくのを感じた。


 二宮 修介。15年前、私の家族を壊した人物。一生許すことが出来ない人。


 ======


 雪が降る2月、私は弟と映画を観に行く約束をしていた。

 あの日は千里の誕生日の翌日だから、よく覚えてる。誕生日の1週間前、プレゼントは何がいいかと聞くと「映画館に行ってみたい」と言うので、休日に連れていってあげると約束した。

「千里、支度は済んだ?お姉ちゃん、待ちくたびれてジュース3杯も飲んじゃったよ。出来れば、今身に付けてるモコモコは止めなさい」

「だって寒いんだよ、厚着しないと風邪ひいちゃいそうだよ」

「今はそうだね。でも今日は午後から暖かくなるらしいから、厚着はやめた方がいいよ。ほら、脱いだ脱いだ」

 私は千里が着込んだ服を動きやすくなるように整え、プレゼントのマフラーを巻いてあげた。

「ありがとう、お姉ちゃん」

「どういたしまして」

 千里は映画を楽しみにしていた。

「僕ね、映画に出てくる灰色の猫のストラップをゲーセンで絶対ゲットするんだ」

「灰色の猫?」

「とってもフワフワしてそうな毛並みをしてるんだ。CMで見て、触ってみたいなって。でも本物は買えないから、ストラップなら取れるかなって」

 私達が向かう映画館は新しく出来た建物で、ゲームセンターや本屋と映画に関係する商品等がある。

 映画を見たチケットで駐車場の割引、クレーンゲーム1回無料、関連本の100円引きと、いろんなことに使えることで話題になっている映画館。

 もちろん私と千里は、ゲームに使用する。

「好きだね猫」

「うん、僕動物が大好き」

 楽しそうに話す千里に私と母は笑った。だから、いつもと変わらない日常になると思っていた。

「千里~、門から出るときは右左を確認して渡るのよ」

「分かってるよ。僕8才だよ、心配性だなお母さんは」

 千里はさっきとは逆に私を急かして外に出る、その姿が危なっかしかったので母は心配して声をかけて注意を促す、続いて私も外に出た。

 家の前は見晴らしがいい、だから車にはすぐ気付く、千里は門の前にいて道路には出ていないので私も心配性だなと母に言った。

「そうかしら?」

「そうだよ。千里なら大丈夫、ちゃんと車が来ないのを確認してから道路を渡るよ」

 笑い返していると左側の道路に、遠くから走ってくる車が見えた。その車は誰でも気付くほど、スピードを出して走っている。

「危ないな、あの車」

「千波、番号見える?通報しなきゃ」

「ちょっと待ってね」

「お姉ちゃん、早く行こうよ」

 車のナンバーを確認しようとしていると弟の声が聞こえた、でも私は返事をしなかった。もし返事をして、戻るように言ってたら、こんなにも後悔する日は来なかったかもしれない。

 私は近付いてくる車に驚く。

「ナンバーが…ない、何で?。千里、門の中に入って こっちに来て」

私は嫌な予感がした。だから私は、千里に家に戻るように叫んだ。

 千里は不思議そうに首を傾げたので「早くしなさい」と叫ぶ。千里はビクッと驚き門のを開けた…。

 私がもう少し早くに戻るように言っていれば。

「いやあぁぁぁぁぁ!!」

 頭が真っ白になったあと母が叫び声をあげ、遠退く意識が戻された。

 母は震えながら前を見ている、現実に起きたことだと思いたくない、夢だと、私と母が見ている光景が嘘だと思いたい。

 車は門に突っ込み、壁にぶつかって止まった、それでもエンジンは動いたまま前に進もうとしている。

 車と壁の間には…挟まれて動かない千里。

「千里っ!」

 駆け寄ろうと走ると、車はバックをして逃げていく。顔は見えなかったけど、帽子を被った男性が運転していた。

 それよりも千里だ、抱き上げるとまだ息がある。救急車を呼べば助かるかもしれない。

「お母さん、救急車。お母さんってばっ!」

 母は恐怖で放心状態、何を言っても聞こえていない。

 だから私は鞄から携帯を出して救急車を呼ぼうとボタンを押す、押したいのに手が震えてうまくいかなくて焦ってしまう。

「お願い、千里を助けて。お願いだから指動いてよ」

 病院に運ばれた千里は緊急手術室の中、待っている間は数分しか経っていないのに長く感じた。

 早く元気な声の千里を見て安心したい、母に千里は大丈夫だと言いたい。そして、早く助けてあげられなかったことを謝りたい。退院したら映画館に行って、それから……。

 しかし、千里が笑うことも泣くことも、声を出すことも無くなった。

 千里は亡くなった。殺人という突然の別れが、私達家族から弟を奪った。

 犯人は直ぐに捕まった。不審な車が商店街を暴走したあと逃走しようとしたところをパトカーが封鎖してぶつかって止まり、車は動かなくなったところを警官が取り押さえたらしい。

 二宮は冬の殺人鬼として世間を騒がし、私達…ううん、二宮に殺された人の遺族たちは日常を壊されたのだ。

 母は千里の死を受け入れることが出来ずに、今もカウンセリングと入院を繰り返している。


 ======


 何で私の所に?とか、何で現れるの?とか考えるだけで震える感覚に陥る。呼吸も上手く出来ていないのか苦しい。

 最近 二宮と名乗る男から電話が来ていることは母を見て知っていた、でも二人から二宮が出所した話は聞いてない。

「どうしました?気分が優れないなら、断りましょうか?」

「いえ、大丈夫です」

 あの男が両親でなく私に会いに来た。

 だからと いつまでも会わないを通すわけにはいかない、私も前に進むしかないのかもしれない。

 本当なら、鏡以外のことで悩みを増やしたくない。もし嫌な人のままなら……。


「お待たせしてすみません。私が平井です」

 ロビーには昔に見た男が立っていると思っていた。しかし、立っていたのは…。

「初めまして平井さん、俺は二宮洋介と言います。貴女の職場に押し掛けたことは謝ります。しかし、父の事で話があるんです」

 あの男の息子だと名乗る男性だった。

「貴方は「許可なく遺族に近付くな」と、弁護士から聞いてるはずなのに来たんですか?話なら、私でなく両親にしてください」

 この人は何なのだろう?が、第一印象。年齢の見た目から、当時は子供でも今は大人なのだから聞いているはず。それなのに会いたいと黙って来るなんて。

 でも あの人じゃなくて良かった、あの人だったら私…。

《私に消せとお願いした?》

 柳子の声が聞こえた気がした。そんなこと有るはずが無い、だって柳子は夢の……。

「聞きました。しかし、伝えたいことがありまして、会っていただけないなら貴女に会うしか」

 二宮さんは頭を深く下げ、私に話を聞いてほしいと お願いした。

 本当は追い返したい、でも私たちに気付いた客が見ていると「帰れ」とは言いにくかった。

「…三階にお客様が休憩出来るカフェがあります。そこに行きましょう、応接室は使用中なので」

「ありがとうございます」

 この人に罪はない、話だけなら聞いてみようと思った。

 もしかしたら、両親が私に話していないことがあるかもしれない。

「ガトー・オ・ショコラとブレンドコーヒーのセットを2つ」

「かしこまりました」

店員が離れるのを確認して、私は二宮さんに用件を聞いた。

「ご両親から、俺の父が行方不明だと聞いてますか?」

 私は首を横に振った、あの日のことは両親に任せ 私は見ないフリをして過ごしてきたからだ。

 一つだけ心当たりがあった。数年前、父が電話を受けて顔を真っ青にしたことがある。母を実家に数ヵ月帰している間、修行していたパン屋に朝から夜中まで毎日通い店をオープンするのを急いでいた。あの時に行方不明の話を聞いたのなら、急いだ理由も分かる。母が二宮に一人で会うのを避ける為。

「俺は15年前、母方の祖父母の家に預けられて過ごしてきました。父のことは最近 母から聞いて、だから 俺が父の代わりに謝罪しようと」

「要りません」

 私はキッパリ断った。

 この人は私と同じだ、苦しみから少しでも楽になりたくて全てを親に任せ、自分を守って生きてきた。

「確かに貴方の父を私たち家族は恨んでいます、でも貴方にじゃない。両親に会わせて話して欲しいですが、今は会う状況じゃありません。もう少し待ってください」

「そうですか、待ちます。会って頂けるなら」

「お待たせいたしました」

ケーキと珈琲が席に届き、彼は「俺が支払います」とお会計伝票を取った。

「なら550円を渡してください。会計は私がしますから」

「だから俺が」

「二宮さんに支払わせたら、680円になるので嫌です」

店の中を見渡し、近くに店員が居ないのを確認して小さな声で教えた。

「此所は私の職場です。此処のカフェはセットで680円、ポイントガードは私名義で提示すれば社員割引で550円。貴方とは今日知り合いましたが、知り合いなら貴方の分も割引してもらえます。私はポイントを貯めて、限定ティーセットが欲しいです。何が言いたいか分かりましたか?」

二宮さんは察すると、1100円を私に渡したので、それを見てクスクスと笑ってしまった。

「あの…」

「ごめんなさい、ここまで意志が固い方だと思わなかったから。ご馳走になります」

「遠回しに、頑固と言ってませんか?」

「さぁ、どうですかね?」

「まぁ、良いです」

 二人で笑った。両親に内緒で 勝手に私に会いに来る非常識な人だと思っていたが、根は真面目なのかもしれない。

 この人の父は、何故あんなことをしたんだろう?洋介さんの会話から、犯罪をする理由が見付からない。仕事をクビになったわけでも借金をしていたわけでもない。行方不明と言うことは脱走、死刑執行を望んだ犯行なら脱走はしない。

 なら、洋介さんの父は何処へ消えたの?今も何処かに潜んでいるのだろうか。

「父を見付けたら、連絡します」

 父の代わりにと思って会いに来た彼に、今は両親に会わない方が良いことを説得することが出来た。

 彼は父親を見つけ出し、その間に私は両親を説得することになった。

「それで洋介さんは、二宮さんが刑務所から脱走していたことを最近になって知ったんですね」

「はい。周りに「鏡に願いを叶えてもらう」と言った数日後に、刑務所から忽然と。それが8年前です」

「鏡っ!?」

私は鏡に反応して、声を上げてしまった。周りの人が驚いて私を見る、恥ずかしい。

「調べてみたら、都市伝説でした。願う内容で人が殺されると言われる呪いの鏡。ありもしない物の為に脱走するなんて、情けない父です」

「ちょっと、付いて来てください」

 もしかしたら、何か分かるかもしれないと、私は洋介さんを例の鏡の前に連れていった。

 考えたくないけど、二宮は千里の時も鏡に関わっていたんじゃないかと考えてしまう。もし そうなら、洋介さんは鏡を見たことあるかもしれない。

「この鏡、どう思いますか?」

「普通の鏡にしか。・・・ん?」

 洋介さんは何かに気付いたのか、鏡に近付くと調べようと手を伸ばした。

「ストップ。破損や汚れの原因となります、素手で展示物に触らないでください。何か気になることでも?」

「この鏡を何処かで見たことがある気がして。・・・あっ、15年前に見た皿に似てるんだ」

「皿?15年前って、いつ頃のことですか?」

 15年前。それだけで私の心は、幾つもの感情が体中に沸き上がり震える。吐き気に襲われた、千里は鏡のせいで命を落とすことになったんじゃないかと。

「あの事件の前です。今は潰れて別の店が建てられてますが、骨董屋の棚に並んでいた模様に似てるんです。羽を広げた鳥が印象的だったのを覚えてます」

 洋介さんを見送り、私は直ぐに事務所に戻って骨董屋を調べた。

 その骨董屋は洋介さんが言った通り、店の御主人の死後 閉店している。サイトによると、骨董屋に強盗が入り店の御主人が殺害されたと記述されていた。

(もし この事件で鏡が盗まれ、今博物館にある鏡と同じ物なら どういった経緯があって此処に。あの鏡は、都市伝説の鏡なの?)

 洋介さんは皿だと言っていたが、もしかしたら表だけを見て 皿と思った可能性がある。

 次に都市伝説を調べてみた。伝わっている鏡は様々で、装飾が有るものから無いものまでイメージも違っていた。

(海外から渡ってきた鏡ってのもあるな。でも・・・)

 でも共通点がある。

『月の光りを浴びさせる』

『叶える大きさによって捧げる人数の数』

『女の夢を見る』

『女の幽霊が問いかける』

(この都市伝説が あの鏡と関係しているなら、誰かが願いを叶えてもらう為に周りの人を捧げた人がいる。それも身近な人が)

 私はメモ帳に、今回 倒れて入院した人物の名前を知っている限り書いた。

・バイトの真弓くん

・夏生先輩

・美術館スタッフ

・警備員二人

・館長の奥さん

 そして・・・私の両親。やはり、あの鏡は本物なのだろうか?

 鏡が届いて一ヶ月が経とうとする ある日、残業で残っていた私は 帰る前に警備員に頼み鏡を見に来た。

 鏡は窓から差し込む光を反射して、床に夕陽を写し出す。

「綺麗になってる・・・」

 誰かが磨いているのか、それとも生命を奪って綺麗になっているのか。

 どちらにしても、このままにしては駄目だと感じ、鏡に手を伸ばす。

「何をしているんだい?平井君」

 静かな口調だけど、怒りが混じる声が私を呼んだ。

「館長」

 振り返った私を、冷たい悪寒が走った。沈む夕日で暗くなった館内で、薄気味悪い笑い声を出して私に近付く館長。

「ひ、光が当たっていたので、少し移動しようかと」

「それは困るよ平井君。私の願いが叶わなくなる」

 次に見えた光景に逃げなきゃと思っても体が言うことをきかない。

 とっさの判断も出来ないまま、私は館長が降り下ろした木の棒で頭を殴られ、気を失った。

「やっと見つけたんだ。ここまで来て、引き返せるか」


 何時間が経ったのだろうか、意識を取り戻した頃には辺りは暗くなっていた。

 頭に痛みを感じ、そこで館長に殴られたことを思い出す。

(っ…。そうか、私 殴られて……)

 そんなことを考えていると、後ろから気味の悪い音がした。ボキッ!、グシャッ!などと、何か硬いものと柔らかいものを叩き、潰している音が。振り返るのが怖くて、動くことが出来ない。

 動かずにいると突然、子供の叫び声が後ろから聞こえ、辺りに反響した。私は驚きのあまり起き上がり、子供の声がした方向へ振り返る。

 次に見えた光景に、更に恐怖を大きくした。数名の男女と一人の子供が視界に入ったのだ。子供は倒れている男性の近くで泣きじゃくり、複数の男女は男性の顔を判別出来ないくらい殴る館長を見ていた。

「パパー!!」

 大声で泣きじゃくる子供に近付き、館長の方を見せないように抱き寄せ、音が聞こえないように耳を塞いだ。

(どうして、たかし君が此処に?)

 近付いた時に、男の子が孝君だと気づく。

 よく見ると離れた場所に洋介さん、館長の娘、孝君の横で血を流して倒れる浩さんが居た。浩さんは、胸にナイフが刺さり既に…。

「お父さん、止めてよ。どうしてお祖父ちゃんを・・・。私たちも殺すの?」

 館長の娘さんの言葉で、殴られている男性が元館長だと知る。

 どうして館長は人を殺めているのだろう、そんな言葉が頭の中をぐるぐると回る。

「そう殺すんだ、時間がないからね、1ヶ月で捧げた命で私の願いは大きく叶う。そこのガキと平井君の知り合いが、私と同じ強い願い事が有るようだ。だから、消えてもらうよ」

「じゃぁ、やはり千波さんが見せた鏡は本物…都市伝説ではなく」

「そうだ。だが願いを叶えるのは私だ」

 館長は睨む洋介さんに近付くと、足を強く踏んだ。

「ぐっ・・・」

 どうやら足に怪我を負わされて、上手く足が動かせないらしい。館長が踏んでいる洋介さんのズボンは、みるみる血に染まっていった。

 鏡の願いを叶えてもらう為に私たちを?じゃぁ、原因不明で入院している夏生さんたちも?

 私は夏生さんが救急車で運ばれた日のことを思い出した。倒れた夏生さんの首に【赤紫の線】が浮かび上がっていたと聞いた。その線は、柳子が父を襲った時の刀傷の跡だとしたら、館長が名指しして呪いを掛けたことに。

 そんなこと非化学的で現実に起きるはずが無い、なら毎日見てる夢は?両親たちの意識不明の原因は?

 考えれば考えるほど混乱した、そして最終的に柳子と繋げてしまう。

「どうだね?まだ満月の光が差し込むまで時間がある。私とゲームをしよう」

「ゲーム?」

 館長は鏡を指差してニタニタと笑う。

「月が上がり鏡に写り混む時間まで、私と鬼ごっこだ。捕まったら死、逃げきれたら生かしてやろう」

 そう言うと、周りにいた男女は一斉に逃げ出した。

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