第一章

〇.――standby

 冷たい金属の感触が全身を覆っていた。けれど不思議と動きが阻害されることはなく、むしろ普段よりも動きやすい気さえする。

 ボクは確かめるように掌を開閉する。そして背中から翼のように広がる機械類、いくつかのレーザー兵器を動かす。手足のような感覚で操作できるそれらは金属やコードの塊だったけれど、無機物からボク自身の身体の一部となって息を吹き込まれる。機械から生物へと変化する。

 こうしてボクは戦士として戦場に立つことができる。やっと守りたいものを、守るべきものを守るようになれる。自分の居場所はここにしかないのかもしれない。そんなネガティブな思考も、同時に浮かんできたりもするけれど。

 ああ、再びやつらとの戦いが始まってしまう。またたくさんの人が死んでしまうのだろう。これから自分はどれだけの人を救うことができるのか。それはボクにだってわかるはずのないこと。だけど今は、せめて目の前にいる大切な友人を守りたい。救ってあげたい。


「……もう一度、ボクに力を貸してくれるかい? 相棒AAI


 呼応するように、ナビゲーターシステムが青白い光を薄く点灯させた。

 あとは飛び立つだけだった。そのためのエネルギーは十分にある。足につけたメカメカしい靴の形をした機械。そのかかと部分に備え付けられたジョット噴射装置を作動させるだけでいい。何の事はない。簡単なことだ。

 けれどここから飛び立つということは、普通の生活には戻れないということを意味している。少なくともスペース・アンノウンと呼ばれる未知の怪物たちとの戦いが終わるまでは……。

 でもそれだって考え方を変えれば簡単なことでしかない。だってただあの頃に戻るだけだから。今までが特別だったと思えばいい。思えばいいだけなのに、後ろ髪を引かれるような気持ちが晴れてくれない。嫌だと思っている自分がいる。戦いたくないと震えている自分がいる。今ならまだ普通の生活に戻れると弱気になっている自分がいる。

 ……。

 …………。


 全部無視した。


 不安や執着心を心の奥深くに追いやって、ボクは強く拳を握りしめた。

 これでいい。こうでなくちゃいけない。ボクは戦う力を持っている。誰かを救える力を持っている。だったら戦わなくちゃいけない。そのためのAAI兵器だ。そのためのボクだ。


「行こう」


 迷いを断ち切る。前へ進むことだけを考える。

 噴射装置を起動させる。メカメカしい靴の形をした機械。そのかかと部分が変形する。力を吐き出すための噴射口が駆動音を鳴らす。


「みんなを、守るために!」


 そうしてボクは空へと飛び立った。

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