第17話 結束バンド

早鐘が鳴ってる。これはピアノ?

このメロディー、聞いたことがある。

「リストのラ・カンパネラだよ、兄さん。

イタリア語で『鐘』って意味の曲。

僕と兄さんを祝福する鐘の音だ。」

そうか? 俺には狂喜って感じがする。

重い瞼を開く。

ピアノの前にはこといが変わらず綺麗に微笑んでいた。

俺はアルバムを見て、それから、どうしたんだっけ?

「兄さん、おはよう。」

「っつたぁ? 俺、今、どうなってる?」

手首に鈍い痛みが走る。

後ろ手に、結束バンドで固定されてるみたいだ。

背中と両腕の間にはピアノの脚があって、立てない。

「どれくらい寝てたんだ?」

「昨日は丸1日寝てた。今日は2日目だよ。」

そんなに。どうりで、力が入らない。

意識もはっきりしない。

「ごめんね。葵の睡眠導入剤を使ったんだ。こうするしかなくて。

だって、兄さんは僕と一緒に主神家を背負うんだもの。

経営者として、自覚を持ってもらわなきゃ。」

「だからって、こんな!っおーい!誰かー!」

自分の大声が、頭に反響する。

気分は、あまり良くない。

「無駄だよ。だって、この部屋レッスン用の防音室だもの。

ピアノは僕しか使わないし、外鍵だってある。」

しまった。ここまでするなんて。

「いつまで捕まえとくつもりなんだ? 俺、無断欠勤だよな。」

「兄さんの考えが変わるまでだよ。

あんな店もう行かなくても大丈夫。これからは一緒に働くんだから。」

俺にその気はないが、何を言っても無駄そうだ。

「ねぇ、兄さんはうちの店のコース、どう思った?」

いきなり質問が飛ぶ。

「どうって、普通に美味かったけど。」

「思ったこと言って、大丈夫だよ。」

世辞で機嫌取りするほど、俺の頭は冴えてない。

こんな状態だし、もうヤケだ。

「正直、ブランド牛とかメニューにあったけど、思ったほど美味く無かった。」

「だよね。うちの店の食材は、そこら辺のスーパーと同じ。

肉だって、ただの国産加工牛。

うちの客なんて、みんなエセセレブだよ。味なんてわからない。

メニューにブランド食材って書いてあれば満足するんだ。馬鹿らしいよね。」

「それって、メニューの偽装だろ!

内部告発されたら終わりじゃねーか!

ってか、それ以前に良心の問題だろ。」

「うちの店に内部告発する馬鹿なんて居ないよ。

主神には顧問弁護士だっているし。

うちにはそれが必要なんだ。利益を出さなきゃいけない。

競争に負けたら、どうなるかわかってるもの。

兄さんにも、それをわかって欲しいんだ。」

「だからって、俺には納得できない。

違うやり方を一緒に探せないのか?」

「どんな?」

言葉に詰まってしまう。そんな事、俺にはまだわからない。


「そうだ、兄さんお腹空いてない? 昨日は丸一日何も食べてないでしょ。」

言が部屋を出て、サンドイッチを持ってくる。

「もし、兄さんの気が変わったら、あげる。」

「要らない。」

静かに首を振る。

「なんで? 食べないの?」

言は意外そうに眉をしかめている。

「お腹、空いてるよね。食べて?」

「要らない!」

俺は差し出された皿を、足ではねのける。

「どうして!」

激昂したこといの声には、戸惑いが混じっている。

「初めて他人が欲しいと思ったんだ。

汚い事は僕が全部やってあげる!

だからずっと僕の側にいてよ!」

「お前の事は好きだけど、こんなやり方、従えない。」

こといは縛られた俺の上に馬乗りになって、

感情を押し殺したように、静かに言った。

「僕を見て。僕に頼って。必要としてよ。すがってよ。」

俺じゃないだろ。縋ってるのはこといの方だ。

安倍店長は、気をつけろと俺に言った。

もしかしたら、こといの本心に見えても、そうじゃないのかもしれない。

けど、そんな事、どうだっていい。

大事なのは、俺がこといの幸せな顔を見たいって事なんだ。

だって、今、こといは泣いてないけど、ずぶ濡れの子犬みたいに見える。

だから、安倍店長がこといの事を憎んでいると知っても、俺はそんな弟を放っておけないんだ。


時間の感覚がわからない。

体は怠いし、頭はフワフワする。

そのまま俺は意識を無に委ねた。

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