第15話 ディナーの日

約束の日。

時間丁度に車は店の前に止まった。

闇に馴染んだ黒のボディーに街灯が映り込み、至極ラグジュアリーな雰囲気だ。

中からはイケメン弟が嬉しそうに手を振っている。

「兄さん。来てくれたんだね。助手席に乗って。」

漆黒の髪と綺麗な瞳に心が捕らわれる。

庶民な俺のリアルが崩壊し、さっきまでの心配が速攻で薄れていく。


京都駅から一駅離れたホテルの最上階に『シェ・ウラノ』はある。

このホテルからして、葵の実家が経営するものらしい。


車のキーを駐車係に預け、エレベーターで登っていく。

薄暗い店内は黒を基調にセンスよく統一され、窓は全面大きなガラス張りだ。

外にはライトアップされた京都タワーが見える。

ここは京の街並みを一望できる夜景スポットだ。

デート中のカップルなら、雰囲気は抜群だろう。

俺みたいな二十歳そこそこの青二才には、早いかもしれない。

こといは気後れした俺の腰に手を当て一歩先を歩き、ボルドーのクロスがひかれたテーブルの椅子を引いてくれた。

こっちに来てからエスコートされる場面が多い。

普段なら漢のプライドが許さないが、やはり圧倒的イケメンには敵わない。


「兄さんどう? 気に入った?」

ウェイターからメニューを受け取りつつ、こといが聞いてくる。

「うん。けど、俺少し浮いちゃってるかも。」

周りの客はパッと見それと分かるハイブランドを身につけ、都会的な雰囲気でワイングラスを傾けている。


手渡されたメニューに目を通す。

コースは1,500円から、の、わけなく、一桁多い!

1万5千円〜。

「兄さん、支払いは僕が済ませとくから心配しないで。

そのつもりで誘ったんだし。」

こといはメニューを開いたまま硬直する俺を見て微笑んでいる。

俺は格差社会の一端を見た。

「ワイン、僕の分と一緒に選んでおくね。帰りはタクシーを手配するから。」

「ちょっと待て、俺は20歳だけど、こといっていくつなの?」

「えっ? 19歳だけど、そんなの関係あるの?」

「いや、普通にあるだろ。兄さんは許しません! 俺もアルコールは遠慮しとく。」

「そう? ならミネラルウォーターにする。」

この自然体な感じ、飲み慣れている。

俺は身長を少しでも伸ばすため、アルコールと距離を置こうと決めたというのに。

飲酒と身長は無関係ということか。


テーブルには、ナイフとフォークが並べられている。

思えば、ちゃんとしたフレンチコースを体験したのは、専門学校のマナー講習が最初で最後だ。

ウェイターが料理を運んでくる。

「季節野菜のアミューズだよ。この後、前菜、スープ、魚料理、肉料理、デザートのコースだから。」

目の前に、色とりどりの野菜やハーブを使ったアートな一皿が置かれる。

その綺麗な盛り付けを崩して、小さな一口を口に運ぶ。

味は、美味いけど、悪く言えば普通だった。

これなら明土農園の野菜の方が数段美味い。

その後出てくるどの高級な料理も、そんな感じだった。

店内は男女がささやき合うような落ち着いた雰囲気で、いつもの調子で会話するのは、気がひける。

当たり障りのない会話を交わして、あとは大人しく夜景を楽しんだ。


「この後はどうするの?」

食後のコーヒーに手をつけると、言が切り出した。

ほとんど会話なく高価なディナーをご馳走になって、じゃサヨナラと言うのはあまりにも、なんというか。

友達だったら、食後はバッティングセンターとかボウリングに行って、そこは俺が出すからって流れだ。

でも言はシェフだから、手を怪我するスポーツ系は嫌がるかもしれない。

ここはやはり、カラオケか。

「僕の家に寄ってこう。アルバムを見せたいんだ。」

「いきなり行ったら迷惑じゃないか?」

「いいよ。誰も居ないから大丈夫。」

逡巡しているうちに先を取られてしまった。

でも、アルバムはぶっちゃけ非常に気になる。

親父の顔くらいは知っておきたいから。

それにこといだけなら、気を使う必要もない。

「では、お言葉に甘えて、ちょっとだけ。」

「本当にいいの? じゃあすぐ、ここを出よう!」

こといは俺の手を引いたまま、お会計をスルーして店を出る。

誰も追いかけて来ないから、食い逃げにはならないようだ。

玄関に用意された車に乗り込んで、こといと俺はホテルを後にした。

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