第14話 霧砂 華が病欠
「うっわ、出た⁉」
厨房の入り口には后さんが吃驚した顔で立っている。
晴明が調理器具の隅に置いた例の物を見つけたらしい。
「なんだよコレっつ、バリ風不気味人形じゃねーか。厨房にも置くのか?
また風水⁇」
「そうです。風水による運気アップを兼ねた至高のインテリアです。」
「ホールのアレ、暗がりで瞳が動くって甘雨が言ってたぞ。
近づくと呪われるから、絶対そっち見ちゃダメだって。
俺、マジで避けてるんだけど。」
「そんな事があるわけないでしょ。
風水の基本は、『陰陽五行』です。
陰と陽のバランスにより調和がもたらされます。
従って、このように陰気な物も必要です。
また『五行』の性質は素材や方角に深く関連しますから、この位置に木像を置くのはベストなんです。
それによって店が守られるんですよ? わかります?」
甘酒片手に語る様は饒舌でそれらしいが、内容は適当だ。
后さんが怯える様子が面白くて、わざとやっているとしか思えない。
つくづく捻くれたやつだ。
今日は日曜だから、仕込みの量も多い。
仕事はいつもの倍だ。
開店までの準備が慌しく過ぎていく。
「霧砂、黒板お願いします。おすすめは旬のアサリパスタで。」
「わかった。いつも自分で書いてるだろ。なぜ今日は書かない?」
聞いても返事は返ってこない。
あいつは疲労が限界だと左手を使わない。
右利きに矯正しても字だけは左のままだから、黒板を書かない。
正確には『書かない』というより、書けない。
「晴明、ランチ営業が終わったら家に寄れ。」
付き合いが長いと何気ない変化にも気づいてしまう。
それが無視できないから面倒だ。
「霧砂、お願いします。」
ランチ後のクローズタイムに入り、いつもは店に残る晴明がリビングに居る。
「仕事口調で言えば従うと思うな。」
「ッチ。揉んでくれ。」
低く舌打ちする晴明は完全に素の幼馴染だ。
「わざわざ仕事口調で頼むお前が気に食わなかっただけだ。
頼めばいつでも揉んでやる。
ちょっと両手で俺の手を握ってみろ。」
「嫌です。」
「なら、店に戻れ。」
言い過ぎたかと思ったが、晴明は仕方なく手を出してきた。
「左の握力が弱ってるな。」
「少し痺れるだけだ。」
「こんな状態になるまで放置するな。」
思っていたより深刻そうだ。
シャツを脱がせ、リビングのソファに寝かせる。
左肩から背中にひろがる傷を覆うように全体を強くほぐしてやる。
「っつ、」
晴明が辛そうに声を漏らす。
「霧砂…っ、もう少し、優しく。」
自分に懇願する晴明は、滅多に見る事が出来ない。
日頃の恨みを晴らしてやりたいが、ディナー営業に響くので言う通りにする。
少しは楽になってきたようだ。
最後に温めたタオルを当ててやる。
「昨日は華がダウンして、今日はおまえか。」
「私は立場上仕方ないが、華には負担を掛け過ぎたかも知れない。
繁忙期にホールを一人にしてしまった。」
「破が抜けたのが痛手だったな。
一昨日のディナーは私がホールに入ったからいいが、甘雨も今の時期急には出てこれないからな。
昨日はたまたまシフトに応じてくれたらか良かったものの。
后さんにもう少しホールをやらせれば良かったんじゃないのか?
なぜ急いで厨房に入れた?」
「天神さんは厨房希望だし、将来性もある。
それに、先日主神が来ただろ?
いずれああなると思ったから、早めに厨房に隠したかった。」
「案外早く情報が漏れたとなると、定期的にあちら側の人間が客として来ているな。」
「それでも売上に貢献してくれるなら文句は無い。あちらの店長からのエールだと思っておく。」
「そういえば、今朝后さんに至極適当な説明をしていたな。
なぜあんな嘘までついて悪趣味なインテリアを飾りたいんだ。」
「ハイセンスなインテリアの何処に問題がある?」
とぼける様子からして確信犯だ。
「おまえは后さんの素直さを見習え。」
幼馴染とは言っても、腹に一物抱えた者同士。
何処まで立ち入るべきかわきまえているから深刻な喧嘩にはならないが、じゃれ合う猫の様にもいかない、妙な関係だ。
そんな中に后さんが居るだけで、ひどく心が休まる。
それはこいつも同じだろうから深く追求はしない。
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