第169話「魔王覚醒」
「ご主人様……」
「ぱぱ……」
あれから数日。
オレ達は未だダハーカによって連れてこられたこの古城の中にいた。
「大丈夫だって。ロック、ドラちゃん。すぐにリリィやフェリドさん達が助けに来てくれるさ」
そう言って明るく笑うオレであったが、正直皆がこの場所を突き止めてくれるかどうか自信はあまりなかった。
最初はオレ達も外に出ようと城の入口へと向かったのだが、そこは固く閉ざされ、どんなに力を入れようとビクともしなかった。
更にはロックの転移の能力を使って外に出ようとしたのだが、どうもこの城の周りにそうしたロックの転移を阻む結界のようなものが貼ってあるようで何度かロックが転移を試みたがそれは失敗に終わった。
そう言えばダハーカがここに転移した際は地面に魔法陣のようなものが浮かび上がっており、ロックやツルギさんの転移とは少し違っていた。
おそらくは特殊なやり方なり、魔力でなければこの城の中を出入りすることは出来ないということなのだろう。
(参ったな……。そうなってくると手詰まりなんじゃ……)
以前マンティコアにさらわれた時とは異なり、今回はオレがどこへ連れさらわれたのかそのヒントがあまりに少なすぎる。
そのため、リリィやフェリドさん、フィティス達がここを見つけるのはかなり難しいのでは……。
そう考えていたおり、背後から誰かの声がしてくる。
「そう悲観しないでください。キョウさん。言ったように僕はあなたを殺す気はありません。ただ魔物を人間に変える何か、その栽培を行って欲しいだけです」
振り向くとそこには以前見た通りの不気味な笑顔を浮かべるダハーカがいた。
「……それでオレが「はい、そうですか」と頷くと思うのか?」
「悪い話ではないはずですが。これはあなたの仲間の魔物達にとっても悪い話ではないでしょう」
ダハーカはそう告げると、オレの胸ポケットの中にいるドラちゃんへと視線を送り、それを見たドラちゃんが僅かに体を震わせるとうずくまる。
「……確かに魔物達の中には人間になりたい奴も多いし、オレがそれを可能にすれば喜ぶ連中も多いだろう」
「ほお」
オレの返事に対し、胸ポケットの中に隠れていたドラちゃんがどこか期待するような眼差しでこちらを見る。
これまでもオレは何度か人に憧れる魔物と出会ってきた。
ロスタムさんの姿になったベヒモス。
リリィの姿になったスコール。
恐らくドラちゃんなども、自分が人間になれば、そんなことを思ったことがあるのだろう。
そして、目の前のアジ・ダハーカ。
オレが魔物を人にする術を見つければ、それを望む魔物も多く出るはず。
シンを育てたマンティコアにしても、もしそれが可能になれば人間となりシンの傍で暮らしたいと望むかも知れない。
あるいはフェリドさんを育てたミーメさんにしても、最初から人間であったのならば……。
アジ・ダハーカの言うとおり、もしもオレがそれを可能にすればまさにこの世界にとって前代未聞、かつてない進化の証を打ち立てるかもしれない。
だが、しかし――。
「仮にそれをするとしてもお前にするつもりはない。オレが無事にここから出たあと、それを望む魔物にだけするつもりだ。こんなオレ達を監禁し、ルーナを悲しませるような奴の望みは聞けない」
「ご主人様……」
「ぱぱ……」
それがオレの結論だった。
今ここで、こいつのためにその栽培をすることは出来ない。
やるのなら、それに相応しい魔物に対し行いたい。
オレのその答えを聞くやいなや、ダハーカはどこか落胆した様子でため息をこぼす。
「そうですか……残念です。では、いくらあなたをここに置いておいても仕方ないですね」
「!」
その言葉に思わず身構えるオレ。
いくらオレの存在が貴重とは言え、望みを聞かないとわかった以上、こいつがすることはもしやオレの抹殺!?
そう思ったオレであったが、しかし次の瞬間ダハーカから飛び出したセリフは予想外のものであった。
「では、あなたにはここから退場してもらいましょう」
「退場……?」
「ええ。言葉通り出て行って構いません」
「は?」
思わぬ一言に間抜けな声を出すオレ。
しかし、目の前のダハーカは冗談を言っている様子ではなく至って真面目であった。
訝しむオレに対し、ダハーカは続ける。
「栽培する意思のない者をここに置いておいても仕方ないでしょう。それにあなたを殺すような真似は僕には出来ませんよ。いくら僕のために栽培をしないとは言え、あなたは今後も様々な栽培を行う。それが結果として僕の利益となることもあるのですから」
「……じゃあ、帰っても、いいのか……?」
「ええ。僕はあなたに何もしません」
ダハーカのそのセリフにオレは隣にいるロックと目を合わせる。
帰れる? このまま?
なら、その言葉に甘えてオレ達はこのままここを出るか?
いや、待て。オレ達だけではここからは出れない。
ここから出るというのなら、当然あいつも一緒だ。
「ならルーナもオレ達と一緒に帰してもらうぞ」
そうハッキリと目の前のダハーカに向け、宣言するオレであったが、しかし
「それは出来ません」
ダハーカはそれを断った。
「なっ、どういうことだ!? なんでオレ達がよくってルーナがダメなんだ!!」
「ルーナおねえちゃんも一緒に帰るの!!」
抗議するオレとロックであったが、しかし次に返された答えは予想だにしないものであった。
「ルーナさんは帰りません。なぜなら、それはルーナさん自身が望んでいるからです」
「な、に……?」
ダハーカから返された答えにオレは思わず固まる。
ルーナが望んでいない?
帰りたくない? オレ達と?
「そんなわけあるか!!」
思わず声を荒げるオレであったが、そんなオレ達に対しダハーカは氷のように冷たい瞳で告げる。
「では、本人に聞いてみてはいかがですか?」
「なに?」
ダハーカのその一言と共に彼の背後から誰かが姿を現す。
それは紛れもないルーナの姿であり、オレやロック、ドラちゃんは彼女の姿を見るやいなや安心し声をかける。
「ルーナ!」
「おねえちゃん!」
「ルーナさん! 無事だったんですね!」
「…………」
彼女に駆け寄るオレ達であったが、しかしルーナからの返答はなく、なぜか俯いたままこちらを見ようとしなかった。
「ルーナ?」
不信に思ったオレが声をかけると、彼女は顔を伏せたままポツリと呟く。
「……すま、ない……キョウ……」
「え?」
何が、と問いかけるより早くルーナは告げる。
「私は……お前達とはいけない。もう、私はお前達とは違う存在……。この世界に生きる人間を滅ぼすために生まれた魔王……フレースヴェルグなんだ……」
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