第119話「新・魔物栽培」

 なんだかんだと色々ありましたが、無事に戻ってきました異世界。


「ぱぱー!」


 声のする方を振り向くと、そこにはロックがこちらに小走りで近づく姿があり、そのまま飛びついてきたので慌てて受け止める。


「おっとと、悪かったな、ロック。ちょっと留守にしてて」


 オレに抱かれながらロックは「きにしてないー」と返事しつつ、頬を寄せてくる。うむ、相変わらず可愛い娘だ。


「よう、兄ちゃん。朝から姿が見えなかったが一体どこに行っていたんだ?」


「ああ、まあ、ちょっとな」


 見るとジャックも一緒だったようで、空を見上げるとちょうど真昼の時間の太陽だったみたいでオレ達がいなくなってから二、三時間くらいの様子だった。

 マジでこっちへ戻る際はちょっと時間の流れを短縮できるんだなー、すげーなオヤジ。

 隣を見ると、やっぱ世界を移動するのはかなり疲れるのがオヤジがへばった様子で座り込んでるのが見えた。


「あー、やっぱこの能力使うのしんどいわー。オレも歳だしなー、マジで大概にしとかないと干からびそうだわー」


 とか言いながら「どっこっしょ」という掛け声と共に立ち上がる。

 マジでおっさん臭いなオヤジ。


「つーわけで恭司、あとは任せるわー。オレは宿でゆっくり休んでるから、あっちで学んだことをヒントにお前なりの栽培ってのをやってみな」


「おう。……ありがとな、オヤジ」


 フラフラと宿の方へと向かうオヤジの背中に礼を言い、それに対しオヤジはヒラヒラと右手を上げて返した。


「さて、と。それじゃあ、オレ達もはじめるか」


 オレは抱えたままのロックを降ろし、肩にかけていたバッグを下ろし、そこからいくつかの種を取り出す。


「兄ちゃん、それ新しい魔物の種かい?」


 オレがバッグから取り出したその種を不思議そうに見るジャック。

 それに対してオレはジャックが浮かべるようなニヒルな笑みを浮かべる。


「いーや、こいつは地球産のただの種さ。けど、これが今からオレだけの新しい種になる」


 オレのその言葉に疑問符を浮かべるジャック。

 そんなジャックをよそに、オレは砂漠の荒地に置いておいたジャック・オー・ランタンの種や、他にもいくつかの魔物の種を取り出し、それを手頃な岩の上に置いて、地球から持ち込んだ種を混ぜて、手のひらサイズの石を掴み、そのまま全部くだいていく。


「おい、兄ちゃん、なにしてんだよ。砕いちまったら種にならねぇんじゃねえのか?」


 そんなオレの今までにない奇行に待ったをかけるジャックだが、オレは隣に控えているフィティスから用意させた粘土を受け取り、砕いた粉をその粘土の中心に振りかける。


「なーに、すぐに結果を見せてやるよ。オレが得た新たなる魔物栽培の手段をな」


 そのオレの言葉に相変わらずよくわからないものを見るジャックであったが、すでにオレの策を聞いていたフィティスとドラちゃんを「楽しみにしててください」と二人笑顔で頷き合う。







「おーい、シンー」


 シンのいるというアラビアル王国の宮殿の中を歩いているオレ。

 ここはオレ達に提供された宮殿ではなく、アラビアルの王族しか住むことを許されない宮殿。いわゆる王城のようなものだ。

 シンを探して宮殿に行ったところ、お世話係のメイドさんからシンならこちらの宮殿に向かったとの話を聞き、案内してもらった。

 今更だが、やっぱあいつこの国の王子なり相当身分の高い人物なんだな。


「お、いたいた」


 そんなことを考えているうちに通路の先に飾ってある巨大な絵画の前に佇むシンを見つける。


「おーい、シン。やっと見つけたぜ、こんなところで何してんだ」


「あ、キョウさん。……すみません、ちょっと考え事をしていて」


 振り向いたシンはどこか悲しげな瞳をしており、表情もいつもより暗い感じであった。

 オレは思わずシンが見つめていた絵画を見る。

 そこには優しい微笑みを浮かべた綺麗な女性が小さな男女の子供を抱えている姿があった。


「シン、この絵の人は?」


「これは……僕の母様です」


 そう言われて絵画に描かれた女性と目の前のシンを見比べると確かに似ている。

 ということは抱えられている男の子の方がシンということか。ならば、もう片方の女の子は……?


「これ抱えられている男の子ってシンだよな? じゃあ、もう片腕にいる女の子は?」


「それは……」


「それはそのアバズレが産んだ穢れた子だ」


 そう答えたのは通路の向こう側からやってくる見知らぬ男であった。

 豪華な衣装に、頭に巻いたターバン、腕や首にはジャラジャラと歩くたびに音を立てる黄金の装飾。

 一見するだけでかなり身分の高い人物であることが分かる男性。

 その隣には神官のような痩せぎすの男が付き添っていた。


「……兄様」


 そう言ってシンが頭を下げる。

 オレも思わずシンに倣って頭を下げる。


「その女は我が母が病死した後に父が側室の中から正室へと迎え入れた女。だが、すでにその時、女は別の男の子を身ごもっていた。それを我が父の子として偽り、その後にそこのシンが生まれた」


 シンが兄と言った男はそう侮蔑の感情を隠すことなく、シンを見下すように告げる。

 つまり、シンはこの国の王の血を受け継いでいるが、その前に生まれた子は王の血を受け継いでいないってことか。

 それがここに描かれている少女ってことなのか……?

 その疑問を問おうかと頭をあげようかとした瞬間、男のまるで蛇のような目がオレを射抜く。


「ふん、貴様がシンが招き寄せたという魔物栽培を生業としている男か」


 その目はオレが今まで見てきたどんな目よりも冷酷であり、残酷な色を宿していた。

 今までオレがやってきた魔物栽培に関して偏見や疑いの目を向けられたことは多少はあったが、だがそれでもそこにはどこか興味や、羨望と言った隠れた感情が見えていた。


 しかし、この男の瞳に見えるのは完全な侮蔑の感情。

 まるで穢らわしいものでも見るかのように。

 あの帝王勇者ですら、オレに対してある一定以上の敬意や賞賛があったのに対し、この男にあるのは完全な見下しの目のみであった。


「貴様らが何をやっているかは知らんがこの国は私の所有物だ。勝手な真似をして我が国の利益を損なうような真似をすれば容赦はしない」


「……兄様。彼は我が国の魔物減少化について力を借りているのです。人々に食用となる魔物を栽培してもらうよう……」


 シンの説明に対し男は「フンッ」と鼻を鳴らし、不愉快そうに顔を歪める。


「くだらん。現状、我らの生活に対して何らかの不利益など存在しない。魔物の減少に関しても我が国周囲の危険が減って何よりだ。これ以上、穢らわしい魔物などが増えてたまるものか。それで下々の連中が飢えようが、連中が勝手にどうにかすればいい」


 その男のあまりの発言にオレは思わず言い返そうとするが、隣でシンがオレを抑えようとするのを見て、オレもまた静かにこらえる。

 その様子を観察していたのか男が再び不愉快そうに鼻を鳴らし、通路の奥へと消えていく。


「……申し訳ありません、キョウさん。あの人はマサウダ様。僕の兄様であり、この国の第一王位継承者です」


「あ、ああ、そうか」


 シンからの先ほどの男の紹介を聞きオレは「てっきりお前がこの国の王子かと思っていた」と付け足した。

 それに対してシンはちょっと驚いたように目を開き、ついで笑みをこぼす。


「ふふ、まさか、僕はそれほど偉い立場じゃありませんよ。確かに父王の血を継いでますが、この国は第一王子が代々国を継ぐものです。僕にその資格はありませんし、これからもその機会はありませんよ」


 そこには生まれや立場、あるいは血筋という絶対によって自分の運命が決められていると諦めているような笑みが見えた。


「それよりも僕を探していたんですよね。一体何の用事でしょうか?」


「ああ、そうだ、シン、お前に見せたいものがあるんだ」


 言ってオレはここに来た当初の目的を思い出し、シンの手を取り走り出す。


「え、ちょ、どうしたんですか、キョウさん、そんなに慌てて?」


「いいから来いよ。真っ先にお前に見せてやりたいんだよ、この砂漠で生まれたオレの新しい魔物を!」


 オレのその言葉にシンが驚いたような気配を感じ、ついで「ということはキョウさん!」と喜ぶ声が聞こえた。


「ああ、これでお前の国の魔物問題――解決してやるぜ!」

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