第109話「とある少女勇者の憂鬱③」
あ、ありえない。
なにがありえないって今のこの状況。
キョウが自分の食べてるパフェをスプーンで差し出された時は、一瞬脳が停止しかけた。
と言うかした。
とりあえず、あのまま差し出されたポーズをずっとさせるのも気の毒だから、恥ずかしさをしのんで食べたけれど味なんて全然分からなかったし、それどころじゃなかった。
と言うか! その後アタシが口をつけたスプーンで何食わぬ顔してパフェを食べてるキョウを見て、アタシの頭は大混乱よ!
って、それを言うならアタシが口をつけたスプーンも、キョウがすでに口をつけたやつであって、いわゆる、か、間接キスっていう……!
と、とにかく、ただでさえアタシの脳は混乱しかかっているのに、そんなアタシに追い打ちを掛ける存在が先程より視界でチラついている。
それはキョウの後ろの席にて、なに食わぬ顔をして座っているアマネス。
実は先ほど、アタシがパフェをこぼしたのも、このアマネスが原因だ。
よりによってあいつ、アタシがパフェに手を出そうとした瞬間、パフェの真下から小石のような出っ張りを作って、こぼさせやがった。
すぐに向こう側にいるあいつを思いっきり睨んでやったけれど、紙に書かれたメモで「キョウのを分けてもらえ」とか指示をされた。
な、なんなのよ、あいつ。
サポートのつもりかなにか?!
って言うか余計なお世話なのよ!
今もなお「注文するなら一番下の恋人パフェを頼め」とか律儀に指示してくるし。
だーもー!
わかったわよ!
注文するわよ! すればいいんでしょう!
アンタのそのお節介に乗ってやるわよ!!
そうやって、やけくそ地味に注文した品をアタシはすぐさま後悔することとなる。
「へ?」
なんの冗談だ、これは?
それがオレが思った第一印象だった。
リリィの注文したパフェが届くや否やそれはふたり分を超える量の巨大なパフェであり、その中央にはハート型のストローが差してあり、顔がくっつくほどの距離に二本の吸い口がある。
いかにも恋人同士が一緒に食べるような代物であり、なんでそんなものがオレ達のテーブルに運ばれたのやら。
しかも、それを見て顔を真っ赤にして硬直しているリリィ。
お前、内容分からずに頼んだよかよ……。
と、そんなツッコミを入れる間もなく、パフェを持ってきたウェイトレスがなにやら時計を片手に宣言をする。
「さあさあ、それではこちらの恋人パフェの方、お二人の方で食べていただきますが、現在こちら特別なキャンペーン中でして、お二人で無事に食べ終わった際にはなんと! こちらの商品は無料となります!」
なぬ、無料とな?
こちらに転移する前、生活費を切り詰めるために色々と小賢しい生活習慣をしていたオレにとってみればそれは見逃せない単語であった。
無料で取れるものは可能な限り無料でもらう。
タダより安いものはない! それがオレの語録の一つだ。
「ですが、制限時間内に食べ終わらない場合はきちんと代金はいただきます。ちなみにこちらが代金になります」
と差し出された票を見て、思わず目が飛び出そうになった。
おまっ?! これ普通のパフェの十倍近い値段じゃねーか! ぼったくりもいいところだぞ?!
まあ、魔物とかの栽培でオレもこの世界の金はそこそこ持ってるつもりなので払えなくはないが、正直タダで踏み倒せるものに金を払うのは納得がいかないので、オレはこの勝負全力で行くことにした。
というわけでストローに口をつけるものの、相方の態度が依然として硬直したままだ。
おいおい、気持ちはわかるがここは協力しろよ、お互いの為に。
そう思い、リリィに一緒に食べるよう声をかけ、虚ろな返事をしながらも、もう片方のストローに口をつけたのを確認し、ウェイトレスが始まりの宣言を行う。
「それでは用意スタートです!」
よっしゃあ! 正直、こういうのなら得意分野だ! 昔から早弁とかして早食いだけは得意だったから!
そう思い、早速ストローを吸い上げようとした瞬間――
「ぶほぉっ?!」
予想外の逆流。
大量のパフェが一気に口の中へと逆流し、オレは思わず咳き込む。
いや、原因はわかっているんだ。
パフェを吸い上げようとした瞬間、目の前で顔を真っ赤にしたリリィが口から息を思いっきり吐き出してパフェの中で泡水を作り上げている。
「ぶくぶくぶくぶく」
ちなみに今も顔を真っ赤にして目を丸くして息を吐いている。
「おい」
というわけで思わず突っ込み。
頭にチョップを入れる。
「?! な、な、な、なにすんのよ?!」
「そりゃこっちのセリフだ。お前こそなにしてんだ」
オレのツッコミにようやく冷静さを取り戻したのか、自分がいかにアホなことをやっていたのか気づくリリィ。
その後、小さく「ごめん……」と呟き、オレはやれやれと言った感じで苦笑する。
「まったく頼むぜ。これだけの料金があれば他でなにかを買えるんだからよ。なんだったら、ここで浮いた分の金でお前になにかプレゼントしてやるからさ。ちょっとは真面目に手伝えよ」
そんなオレのプレゼントという言葉に惹かれたのか、先程よりもやや真剣な表情でこちらを見上げ、やがてそれに頷き再びストローに口をつける。
「……わかった。けど、その約束忘れないでよね」
「おうよ」
そう言ってオレもまたストローに口をつけ、リリィと共に巨大なパフェを完食するべく喉を鳴らすのであった。
「本当にそれでいいのか? もうちょっといい値段のやつもあるけど」
「ううん、これで十分よ」
そう言ってリリィは花をモチーフにした髪飾りを手にする。
あれから無事にパフェを完食し、その分の浮いたお金でリリィへのプレゼントを選ぶこととなった。
色々と悩んだ結果リリィは手頃な価格の髪飾りを選んだ。
オレとしてはもう少し値の張るものでもよかったのだが、リリィ本人がそれを気に入ったらしく、値段が良い物よりも自分に似合うものが大事と言い、その言葉に納得した。
「それじゃあ、せっかくのプレゼントだし。よかったらそれ、オレが付けてやろうか?」
「へっ?」
そう口にして、また思わず余計なことをやってしまったかと後悔したが、リリィの方を見るとまんざらでもない様子で顔を赤くしたまま、手に握る髪飾りをオレの方へと突き出す。
「じ、じゃあ……お願いするわ」
「お、おう」
その仕草に思わずオレまで顔を赤くし緊張してしまう。
いかん、いかん。
なんだか今日はリリィの変なペースに巻き込まれすぎだ。
そもそもこいつがオレを誘った時点から色々とおかしくはあったんだが……。
まあ、そんなことを思いつつもリリィの頭へと髪飾りを止め、その時にリリィの髪から匂った甘い香りに思わずドキリとしてしまう。
「ま、まあ、これでいいんじゃないか。似合ってるぜ」
それはお世辞でもなんでもなく、彼女の金の髪と白いワンピースに合うように頭に咲いた赤い花はリリィの可憐さと内に秘めた情熱をよく表し、とても似合っていた。
オレのその言葉にリリィはすぐさま近くのガラスに映る自分の姿を見て、照れながらも微笑み、こちらへと振り返る。
「うん、ありがとう。キョウ」
そう言って笑ったリリィの笑顔を見て、オレは今日一番の胸のドキドキを覚えた。
あ、あれ。
なんだろう、リリィ、可愛いぞ?
そう思いながら、お互いに変な気持ちになりながら街を歩いていた。
やがて、知らぬ間に互いの手の甲がぶつかり、それが切っ掛けとなり、どちらからともなく指を絡め、そのまま手を握ろうとしたその瞬間――
「あ、キョウさん。ここにいたんですか、探しましたよ」
「うわあっ?!」
「ひゃあっ?!」
急に目の前に現れた人物より声をかけられ、オレとリリィは共に変な声を上げて飛び上がってしまった。
「あ、すみません。もしかして……お邪魔でしたか?」
そう言ってオレ達二人を伺うのは、天才勇者シンであった。
どうしてこいつがこんなところに? と思いながらも、ひとまず平静を装いつつ、誤魔化すことにする。
「い、いや、別にそんなことはないが。それよりもシン、なんでお前がこの街に?」
そんなオレの問いに対し、シンはなにやらニヤニヤしながらオレとリリィを観察する。
おい、変なこと考えるなよ。
べ、別にそんなんじゃないからな。
なにがそんなのかはオレも知らないが。
「はい、実はキョウさんに頼みがあって、あなたのことを追ってきたのです」
そう言ったシンの顔はそれまでのニヤついた表情とは異なる真剣なものであった。
「お願いします、キョウさん。どうか僕の国アラビアルを救ってくれませんか」
シンより告げられたそのお願いは、オレにとっての新たなる魔物栽培の舞台への招待であった。
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