第102話「人に焦がれる魔物達」

 気づくとオレはそこにいた。

 暗い闇の中、誰もいない空間。オレ一人だけの世界。

 他には誰もいない。ただ一人ぼっち。

 そんな時、彼らはオレの前に現れた。







「どうやら記憶は復元できたようだな」


「……ええ」


 それは帝国に捕まった獣人勇者リリィとそれと面会した帝王勇者ロスタムとの間に交わされた会話、その真相と続きであった。


「それにしても、まさか君が七大勇者の一人となっていたとは驚きだったよ、太陽狼スコール」


「え?」


 その名に思わずリリィは顔をあげる。

 確かにリリィは自分自身で偽っていた記憶を思い出し、その正体に気づいた。

 だが、それを他人であるはずの帝王勇者が知るはずはない。


「なんだ、気づかないのかね? 同族同士、よく観察すればわかるはずだが」


 そういった帝王勇者の姿をしばし観察していたリリィは、やがてあることに気づいた。


「もしかして……ベヒモスなの?」


「そういうことだ。お互い、おかしな立場を得たものだな」


 そう言って微笑んだ同族にリリィは思わず呆気に取られる。

 確かにSSランクの魔物には人化の能力が備わっているが、実際にそれを使用するものは少ない。

 そもそもSSランクの役割を考えるならば、わざわざ人の姿を取る必要などないのだから、ましてや勇者として人の輪に入るなどありえない話なのだから。


「まあ、経緯は異なるがオレも君と似たような理由だ」


 そう言って笑うベヒモスの表情に、この男が冗談などでこの場にいるのではないとリリィは理解できた。


「スコール、いやリリィ。君の力を貸して欲しい。我々SSランクの目的である人を成長させ、世界を成長させるためにも」


 そうして帝王の口より今回の計画をリリィへと語った。

 栽培勇者を始めとする見込みある人物への敵対。

 あえて栽培勇者を追い込むことで、自らを敵と見なさせて、そして倒されるべき末路を。


「……話は大体わかったわ。けど、いいのアンタ? そんなことして下手したらアンタ最後には殺されるわよ?」


 そう、帝王がやろうとしていることはある種、非道に徹した行いでもある。

 他国への侵略、さらにはキョウ達に対する行い。

 その償いとして、最終的には死を与えられる可能性は高い。

 だが、それでも帝王は詮無きこととばかりに笑う。


「構わない。むしろ本望だ。そもそも我々の役目はそれであったろう? 人の障害となり、倒される目標となり、最終的に我らの死を代償に人は成長する。人が成長するための糧となれるなら、オレはそれで満足だ」


 そう、SSランクの魔物の本来の役割はそうである。

 自ら魔王の如く人の障害として立ちはだかり、その成長を促す。

 ある意味でベヒモスが行おうとしている行為こそ、最もSSランクの魔物に相応しい行為でもあった。

 そして、だからこそ、同じSSランクの魔物でもある自分に声をかけたのだとリリィは理解した。


「……けど、今のアンタは帝王勇者ロスタムなんでしょう。その地位を捨てることになっても本当に構わないの?」


 そのリリィの問いかけに帝王はそれまでにない、どこか優しい笑みを浮かべた。


「帝王などという地位に興味はない。だが確かにひとつだけ捨てるのが惜しいものもあるな」


 そう言ってわずかな間を置いた後、帝王となったベヒモスは答えた。


「兄だ」


「え?」


「お前なら理解できるであろう、“リリィ”。我ら魔物、いやSSランクには家族という概念はない。人が持つあらゆる概念は必要なかったからな。ただそれでも人を成長させるという大義のもと、多くの人間を目にしてきたはずだ」


 そのベヒモスの問いにリリィも思い出す。

 彼女が最初に見たのは“友”という概念。

 隣に立つ友人のために戦う人間の姿。


 友達と言う存在と笑い合い、泣き合い、寄り添う人の姿。

 太陽狼と呼ばれた頃のリリィが、人が持つ概念の中で最も恋焦がれたのが、その“友情”という概念であった。


「オレの場合は――“兄弟”であった。多くの人の兄弟を見てきた。自分よりも弱い弟を守るために奮闘する兄。兄のために自分がしっかりしなければと奮起する弟。互いに励ましあい、時に喧嘩する姿も見かけたが、その全てに互いを想う気持ちが伝わり、オレは――羨ましかった」


 そう、彼らは獣だ。

 果たすべき役割のために生み出された獣。

 だからこそ、獣は人に憧れた。

 彼らが持つ兄弟、友、恋人、家族、そうしたあらゆる概念がとても羨ましく、そして綺麗に見えたのだ。


「だからこう思った、いつかその輪に入ることができれば、それはとても素晴らしいなと」


 そのベヒモスの言葉に知らずリリィは同意していた。

 いや、おそらくそれはすべてのSSランクに同意出来る感情であろう。

 彼らは等しく人の成長を促すための存在。

 そのために多くの人の成長を見て、そこに浮かんだ感情は憧れであったろうと確信出来る。


 現在の魔王を務めるファーヴニルにしても、彼女は家族という概念に焦れ、それを持ったことで心境も大きく変化している。

 その対象が人だけでなく、自らの同族である魔物全体に広がるほど。

 他のSSランクたちも、焦がれる感情や概念に違いはあっても、全てに共通することは人を愛しているという点であろう。


「だから、そんな人と同じ立場になり、彼らと同じ概念を得られたのはとても嬉しかった。だがオレはこのロスタムという青年を殺している」


 それはベヒモスが自らの役割を果たす際に起こった悲劇であろう。

 あの時、ベヒモスはこれまでにない輝きを秘めたふたりの兄弟に出会った。

 そして、戦いながら確信した。

 彼らになら、自分の命をかけられると。

 そして、全霊を出した暁に世界への貢献を果たそうと。

 その誓いを守るべくベヒモスは最後まで全力で戦った。

 結果として、ふたりの兄弟の成長は世界への貢献に影響を与えたと言える。

 だが、その最後の過程でベヒモスは弟のロスタムと呼ばれる大勇者を手にかけた。

 全力で戦ったがゆえの結果ではあったが、それでもベヒモスは後悔した。


 もしも、自分の命と引き換えに青年が生き返るのなら、そうしてやりたいと。


 そう、思ったとき、ベヒモスの体に思わぬ異変が起きた。

 それこそがザッハークにより記憶と感情の書き換え。

 ベヒモスはそれをあえて自ら受け入れた。

 そうすることでベヒモスはロスタムとなり、ザッハークの弟として共に生きることとなった。


 そこにはベヒモスの二つの想いがあったため。

 一つは人になりたかった。

 兄弟という概念を得て、その中で生きてみたいという羨望の想い。

 そして、もう一つがザッハークに対する罪悪感。

 愛する弟を失った兄の心の溝を、自分の存在で補えるならそうしたいと。


 だが、それでもロスタムという弟が死んだ結末は変わらない。

 その罪を償うためにもベヒモスは、いつか自ら世界への貢献を果たし、この命を捧げようとそう誓っていた。


 そして、その機会こそが今であった。

 栽培勇者と呼ばれる女神が選んだ逸材を成長させる糧となり、その身を犠牲とする。

 それで罪を償うと。


 それを聞いたとき、リリィはベヒモスの境遇が自分と同じであると気づいた。

 だからこそ、彼は自分に声をかけたのだと。


「しかし、君の場合はオレとは事情が異なる。無理に協力してくれとは言わないが、邪魔さえしてくれなければそれで……」


「……いいえ、やるわ。アタシも力を貸す」


 言ってリリィも決意した。

 かつてリリィという友人を殺した罪。

 それを償うに相応しい機会はここ以外にはありえない。

 結果、キョウ達の手によって殺されることになろうとも、それこそベヒモスの言うとおりSSランクとしての役割を果たし、かつ償いまで出来るのだ。

 これ以上の機会はない。


 そうしてふたりは手を結び、ここに計画の始まりは実行へと移された。








「――ですので、兄上。オレはあなたへの感謝はあっても、憎しみなどありません。むしろ、こうして兄弟という概念を味わえた。それだけでも、とても幸せでした」


 そう言ってロスタムの表情は、これまでにないほど優しく慈愛に満ち溢れていた。

 そんなロスタムの表情を見て、ザッハークは自らの弟の面影を思い出したのか、ただ静かに涙を流していた。


「……はぁ、もういいのではありませんか。ベヒモスも死ぬ必要なんてありませんわ」


 そう言ってこの場のやりとりに決着をつけるべく声を開いたのはオレの母さんファーヴニルであった。

 そして、母さんのふと上を見上げ、この場を見ている誰かに声をかける。


「見ての通り、役割は全て果たしたはずでしょう。いい加減、出てきてはどうですか、セマルグル。それに女神モコシ様」


 その母さんの声に頷くように、オレ達の前にふたりの人物が転移してくる。

 それは以前に見たあの女神モーちゃんと、そのお付きの人SSランクの魔物セマルグルであった。


「やぁやぁ、キョウ君。お久しぶりー」


 うん、こういう状況でも相変わらずこの人は緩いなー。

 とか思っていると母さんがなにやら女神様に詰め寄っている。


「もう十分でしょう。そもそも今回の計画をベヒモスに吹っかけたのも、どうせあなたでしょう? 世界を成長させるためとは言え、あんまりうちの息子や娘をいじめないでくれる?」


「あれれー、なんのことか僕わからないなー」


 そう言ってめちゃ目が泳いでる女神様。

 まあ、なんとなくあなたも関わってそうだなって思ってましたので。


「と、そんなことよりも世界樹の種の成長おめでとうキョウ君ー!」


 ぱんぱんぱかぱーんとクラッカー鳴らして、紙吹雪をあげる女神様。

 この人、どこまでも自由だ。


「でね、今回、君たちのおかげで新たな発見があったから、まずはその件のお礼も言わせてもらうね」


 そう言ってモーちゃんが改めてオレにお礼を言う。

 はて、発見とな?

 オレなにかしたっけ。


「うんうん、したした。すごくした」


 あれ? もしかして、心読まれた?

 まあ、女神様だし、そういうことも可能か。

 個人的にはそっちのほうが会話も楽だし。

 で、オレなにをしたの?


「まず、君の魔物栽培。それこそがこの世界の成長に直結していたって証明されたんだよ」


 ん、どゆこと?


「つまりね、これまでも七大勇者の誕生やらで世界の成長はわずかながらしていたんだ。それが今回の件で君が持つ世界樹の種が三つも開花した。いくら君自身の力があっても、その成長は異常だ。けれど、それは君だけの成長による影響じゃなかったんだよ」


 そう言ってモーちゃんは意外な人物を指さした。

 それは先程リリィがこの三階に運んでいた倒れたジャック達の姿であった。


「人だけじゃなかったんだよ。この世界の成長に影響を与えていたのは」


 ん? それってどういう?


「――魔物の成長もまた、この世界の成長に影響を与えてたんだ。全て君のおかげでね」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る