第73話「大将戦・日本料理決着!」

「くっくっく、“栽培勇者”キョウよ。逃げずによくぞ来た。覚悟は出来たと思ってよいのだな?」


「おーよ、いつでも来な」


そして決着の日。長いようで短かったこの魔王料理バトルの最終戦である大将戦をオレは迎えていた。


「ではこれより第五回戦、最終戦となる大将戦を始める。双方ともにより良い料理を期待する。では――始め!」


グルメマスターの宣言と同時に動き出すオレとヘル。

ヘルはテーブルの上に無数の魔物を並べてはそれを用意した鍋へとぶち込んでいく。

なるほど、鍋で勝負に来るとは。これは面白い勝負になりそうだ。

オレもまた自分の育てた魔物たちをテーブルへと並べるが、それを見た審査員達にわずかな驚きの声があがる。


「どうやらキョウの方もヘルと同じような魔物を用意したようだが……いや、待て! あれは、どういうつもりだ?!」


オレがテーブルへと広げた海と山の魔物達を見て困惑の声をあげる審査員一同。

それもそうだろう。なぜなら、ここに用意した魔物は全て――


「あれは全て市場には出回らない規格外品の魔物! どれも形が悪く、傷ついた魔物ばかりではないか?!」


そう、オレが用意した魔物はデビルキャロットを始め、ナスビーナス、キラープラントの実、それに色彩魚であったが、そのどれもが形が悪く、中には外見が傷ついたものばかりだ。

デビルキャロットは足が余計に生えた三本の不揃いのやつを、ナスビーナスは太りすぎて破けたものを色彩魚も体があっちこっちが傷ついたものばかりをあえて選んでそれらの調理を行う。

それを対面側で見ていたヘルが失笑を漏らす。


「ふっ、一体なんのつもりだ? そのような不出来な魔物を揃えて我の料理に勝とうなどと片腹痛いぞ」


「さてな。料理は見た目じゃないってことさ。すぐに分からせてやるよ。お前のその厨二セリフを止める頃にはな」


オレのその返しにはカチンと来たのかやや顔を赤くして慌てて反論をする。


「ぶ、無礼者! これは由緒正しい我ら闇の魔族の方言だ! ち、厨二などという失礼な言葉で一緒くたにするでない!」


厨二って言葉の意味は知ってるのか。うーむ、ますますこの世界の常識が謎すぎる。

それはともかく、オレの方も食材の加工を終え、いよいよメインへの合流を果たすべくある物をテーブルへと置く。

それは先ほどヘルが置いたものと同じ物。


「これは面白い。双方ともに鍋料理か」


そう、オレもまたヘルと同じ鍋料理という日本料理の一つを選択していた。

日本料理というジャンルから奇しくも同じ鍋料理へと行き着き、どちらがより旨い鍋料理を作るかという目的へと変更されたが、それもまた面白いと感じオレは知らず闘争心が燃え上がっていた。


やがて双方ともに鍋の仕上げが整い、ほぼ同時にその宣言を行う。


「こちらキョウ、特製海鮮風水炊き出来上がりました!」


「“暗黒公女”ヘル、同じく豆腐風水炊き出来上がったぞ」


双方ともに食材はやや異なるもののその基盤となる料理は同じ水炊きであり、審査委員席へとふたつの鍋が同時に並べられることとなった。


「なるほど。双方ともに水炊き料理へと帰結したか。よかろう、ではまず先にヘルの側からの試食に移る」


そう言って審査員含むほかのメンバーも出されたその鍋をつつき食材を口に運んでいく。

次の瞬間、審査員達の口の中に広がったのは山菜が実る秋の風景。食材の芸術とも呼べる味の旋律が奏でられる。


「これは、素晴らしい! それぞれが食材の味を保ったまま出汁との味わいが見事に絡み合っている!」


「用意されたこのポン酢とやらも素晴らしい。醤油とは異なる味わい。少し酸っぱさが口に広がるがそれこそが肉や山菜の味わいをより深める。なによりもこの鍋の出汁と混ぜるとそれはもはやひとつのだし汁! 食材と共に飲み干すとたまらぬ味わい深さが出る!」


「確かに……美味しいですわ。食材自体にそれほど仕掛けがあるはずではないのにただ水鍋に煮詰めるだけでこれだけの濃厚な味が出るというのですか……?」


ヘルの水炊きのまさに審査員一同絶賛するほどの絶品であったが、フィティスの言うとおりただの水炊きでこれほどの旨さがにじみ出るはずがないが、唯一その仕掛けに気づいたグルメマスターが口元に笑みを浮かべその指摘を行う。


「なるほど、秘密はこの鍋の水にあるということか」


「くっくっく、その通りだ」


そう言ってヘルが右手に抱えていたものは豆腐。

いや、あれはただの豆腐ではない! あれは初戦で親父を破った母さんが使った秘伝の豆腐!


「そうか、落花星豆腐か」


そう、仕掛けは水に溶かした豆腐にあったのだ。


豆腐鍋。というものが存在する。名前の通り豆腐を鍋で溶かし食べるものだが、実はこの豆腐鍋。その水自体に豆腐鍋専用の水というものが存在する。豆腐がよく溶け、それと交わうことで味のある濃厚な水となるのだ。

実際豆腐鍋は豆腐すべてが水に溶けたあともその水が豆腐の旨みを持った絶品となる。

ヘルが行ったのはまさにその手法。

あらかじめ豆腐専用水を使い、そこに落花星豆腐を完全に溶かすまで入れる。

その後に具材を入れることで十分に味が浸透した水が食材そのものに溶け込み、味を何倍にも濃厚にしていたのだ。


「鍋の主役はあくまでもその具材。水などは誰も目にもかけぬし味わいもせぬまさに装飾。だが、それ自体に味を含ませることで鍋全体の旨みを引き上げるとは見事だ。“暗黒公女”ヘルよ」


具材だけでなく水にまで旨みを持たせる。

それはまさに鍋料理の常識を覆すものであり、通常は食べ終わった鍋の中に水が余るものだが、この鍋の水は全て具材と一緒にポン酢で飲んでしまいたいほどに濃厚かつ美味であった。


「では、次はキョウ側の鍋の試食へと移ろう」


グルメマスターのその一言を皮切りに審査員含む一同がオレの作った鍋を口に入れる。


「ふむ、これは」


「意外だな。あの不格好な魔物達がどれもよい味を出している」


審査員たちのその感想を聞き、オレはまず第一関門を突破したことを密かに喜ぶ。

今回のオレの鍋にはいくつかの仕掛けが用意されてあり、それに審査員が気づくかどうかで判定も大きく変わっていく。

だが以前、大料理大会の際、オレが仕掛けた細工に気づいたあのグルメマスターならオレがこの料理になにを仕掛けているのか気づいてくれるはず。


「ふむ。ヘルの方とは違い、こちらは魚介の出汁が効いておりこれはこれで美味だな」


「しかし、やや淡白と言いますか。先ほどのヘル殿の料理に比べると今ひとつパッとしませんな」


それは審査員含む全員の素直な感想であったのだろう。

なまじ同じ鍋料理であったために、先に技巧を凝らしたヘルの水炊きを食べたためオレへの印象は低いと言わざる得ない。


「ふむ。素材そのものの味を活かしている点においては評価に値するが、やはりそれだけとなると鍋水への気配りを加えたヘルの方がやはり上手と言うしか……」


やがて審査員一同が一通りオレの鍋の食材を食べ終えた際、審査へ移ろうとしたその瞬間。


「待ってください。オレの料理はまだ終わっていませんよ」


食べ終わった審査員達の席に近づくとオレは彼らから具材がなくなった鍋を取り上げる。


「なに? しかし、これ以上一体何の料理を用意すると……?」


「用意する必要なんてありません。これはこの水炊きの仕上げの料理です」


そう言ってオレは用意していた熱熱のご飯を取り出し、それを遠慮なく鍋の中にブチ込む!


「さあ、完成です。名づけて水炊き風おじやです」


審査員含むこの場の全員の鍋の中にご飯をぶち込み、それを軽く混ぜおじやへと変える。

一見乱暴に見えたその仕上げの料理だが、すぐさまグルメマスター含む審査員達がそれをひとくち口にすると先ほどの評価を覆すような感嘆の声が上がる。


「! こ、これは!」


「海鮮風味のだし汁が実によくご飯にあう!」


「なんと、先程までは鍋料理の汁としては至って普通の汁だったはずがご飯と絡むことでより濃厚な味わいになる!」


それはさながら蛹が蝶へと羽化するように、田舎上がりのダサいメガネっ子がメガネを外しドレスを着て社交界デビューするように華々しい変化をその鍋へと与えた。


「なるほど、この“締め”のために、あえて我々が汁を残すように素材の旨みから絞り出したシンプルな出汁にしたのだな」


「そういうことです」


オレのその仕掛けに気づいたグルメマスターはいつかの時のような愉快な笑みを浮かべる。その瞳にはどうやらオレのもうひとつの魂胆も見えていたようで、ここでおじやの締めによる第二関門と、その先の最終関門も全て通ったであろうと確信する。




「――ではこれより、結果を発表する」


わずかな話し合いのあと、グルメマスターを筆頭とした審査員より、いよいよ最終勝負の判決が下されようとしていた。


「まず先に双方の料理についての評価を述べる。“暗黒公女”ヘル。鍋の汁に豆腐汁という特殊な汁を使い具材に旨みを引き出す調理法、実に見事であった。旨さという点においては紛れもない主の勝ちじゃ」


そのグルメマスターの評価に対し当然とばかりに胸を張るヘル。


「そして“栽培勇者”キョウよ。素材の旨みを中心としたシンプルな鍋。一見普通の鍋であったが最後のおじやというこれまたシンプルな旨さが響いた料理。より素材の旨みのみを追求した点は実に評価に値する」


オレとヘル。双方の評価を終え、遂にグルメマスターの口よりこの勝負の勝者、ヴァルキリア側と魔王側。どちらの勝利かが決定する。


「勝者は――」


グルメマスターの唇が開き、そしてその名が告げられた――。

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