第59話「魔王料理バトル開催」

魔王城。


エクステント大陸の西、ヴェンディダート領の最果てにその城は存在した。

暗黒の空に禍々しい大地、そこにそびえ立つ漆黒の城の想像していたが、実際はその真逆であった。

四方には静謐な森と雄大な山脈、美麗な湖といった雄大な自然に取り囲まれ、その自然の要塞の中心に白く荘厳な城がそこに存在していた。


オレがこの異世界に転移してから知る中で最も美しい城であった。

その魔王城の扉の前に立つと同時にゆっくりと扉が開かれ、その向こうから黒い髪の美しい女性――オレの母親でありこの世界の魔王がにこやかな笑みで歓迎をする。


「ようこそ、キョウちゃん、皆さん、それにあなた。歓迎するわ」


中へ入ると同時に目に入ったのは磨き上げられた大理石の輝き。

外観以上に整ったまさに王宮に相応しい構造であり、扉を開いてすぐの大広間には人型の魔物と思わしきメイド服を来た女性が何十人と並び、オレ達が中へ入ると同時に一斉にお辞儀をして迎えてくれる。


「それじゃあ早速、料理バトルの会場へと案内しましょうか」


オレ達が中に入ると、すぐさま先導するように歩き出す母さん。

そのあとをゆっくりと追い、その途中でこの先のバトルにおける確認をいくつか聞く。


「母さん、このバトルにオレ達が勝ったらヴァルキリア王国への侵攻をやめておとなしくしてくれるんだよね?」


「ええ、もちろん。少なくとも今後、百年はこちらから手出ししないと約束するわ。ただし、こちらの領土に侵入してきて攻撃を行ってきた際は迎撃だけはさせてもらうけれど」


母さんからのその条件に対して、オレはアマネスの方を見る。

彼女もそれで納得してくれたように頷く。


「構わない。こちらとしてもそちらから攻撃を仕掛けないのであれば戦う理由もない。正直、魔王領に存在する魔物達の質は世界でナンバーワンなのだが、こちらとしても自国の安全が最優先だからな」


「それじゃあ、お互いに納得ということで私達魔王側が勝った際の要求はその時にさせていただきますので、契約は守っていただきますわよ」


落ち着いた表情と口調だが、そこには契約に対する絶対の重みがあり、もしもこちらが敗れてその要求を果たさなければタダでは置かないという凄みが潜んでいた。


「あ、そうだ。それともう一つ。母さん、ここに世界樹の種があるって聞いたんだけど本当?」


「世界樹の種? ええ、あるわよ」


やっぱりかい。というかなんで母さんが世界樹の種を持ってるんだろう。

魔王だから? 魔王だからなのか?

魔王を倒した際に伝説級のアイテムをドロップするっていうあれなのか?


「それでその種がどうかしたのかしら」


「ああ、オレ達が勝ったらそれももらえないかな?」


当初からオレ達の目的はこの世界に散らばった世界樹の種を集めることであり、ヴァルキリア王国と魔王領との戦争終結はそれを手にするための手段に過ぎなかった。

争いを止めることでヴァルキリア王国側からは種をもらう約束なので、ここで魔王側からも種を回収出来ればまさに一石二鳥である。

オレのその唐突な提案に対し、母さんはしばし「うーん」と悩む素振りを見せる。


「キョウちゃんはそれを手に入れたらどうする気なの?」


「そうだね。まあ、一応どこか適当な場所で育てようと思ってるけど」


「あ、やっぱりキョウちゃんって世界樹を育てられたのね!」


オレのその返答に初めてびっくりしたようにこちらを振り向く魔王母さん。


「まあ一応、というか多分。女神様がオレなら出来るって話だったから」


「そう、そう! あの女神もようやく決心したのね! そういうことならいいわよ。キョウちゃんが種を植えて世界樹が育つっていうなら、それは私の目的とも一致しているから」


母さんの目的と一致している?

どういうことだろうか。


「とにかく種に関してはキョウちゃんが責任を持って育ててくれるなら勝敗に関係なくあげるわよ」


お、やったぜ! これで魔王城にある種はゲット確定ということで、あとはこれから先の料理バトルに勝利すれば一気に種を二個入手で目的の数の半分を達成だ。

順調な交渉で幸先いいなーと思っていたうちにいつの間にか大きな扉の前に出て、その扉を開くとその先に現れたのはいつかの大料理大会を上回る会場であった。

そして、その会場に待ち受けていたのはオレ達の相手となる魔王四天王達であり、その中には以前見た三人以外にオレ達の知るある人物の姿が見えた。


「イースちゃん、なのか?」


それは雪の魔女イース。その肩には彼女の親友であるドリアードのドリちゃんも一緒にいた。


「お久しぶりです、キョウさん。今回はこのような再会になって残念ですが、私、雪の魔女イースは古の大魔女が交わした契約に従い、魔王四天王のひとりとしてあなた達との料理バトルに立ち合わせて頂きます。とのことです」


無口なイースちゃんの代弁としてドリちゃんがそう語り、それにイースちゃんもこくりと頷く。


「そうか。まあ、そっちにも色々事情があるってことだな。わかった、戦う以上はお互いに全力でいい勝負をしよう」


そう言って差し出したオレの手をわずかに頬を赤くしながらうつむいた状態のまま握り返すイースちゃん。

と、そんな彼女を押しのけるようにひとりのゴスロリ眼帯少女がオレの眼前に現れる。

この子は確か以前母さん達と一緒に現れた四天王のひとりの――


「くっくっく、久しぶりだな。我のことを覚えていたか? 我こそは魔王四天王の一人にして“暗黒公女”ヘル。闇の申し子にして暗黒の寵児だ」


うん、それ意味かぶってるよね。

前にちらっと見た時もそうだったが痛い子だ。というかこの子を見てると昔の自分の痛い記憶が蘇ってくる。

あれはそう、オレがまだ小学生の頃、人より早い厨二時期というものがあり自分が勇者の生まれ変わりだとか喚き散らしてはいつか異世界に召喚され勇者になるという……あれもしかして今のオレって子供の頃の夢が叶ってる?

ま、まあいいや。


「あ、ああ、覚えてるよ。この間、戦場で会ったよな。今回の勝負、君ともいい勝負をよろしくな」


とオレが差し出した手に対し、なにやら唸り声を上げて睨みつける厨二少女。

なんだろう、やっぱ敵だから馴れ馴れしくして欲しくないのかな?


「はは、すまないね。この子は僕たちの中でも扱いにくくてね、気にしないでくれ。僕は四天王のひとり“神聖獅子”スピン。今回の料理バトルお手柔らかに頼むよ」


そう言って背後に立っていた褐色の半獣人の男がさきほどヘルと名乗った少女の首根っこを掴んでオレから引き離す。

ふむ、なかなかに紳士な方だ。これは強そう。


「それじゃあ、お互いに選手も揃ったことですし、各陣営の対戦表を受け取って最初の料理バトルの発表に移りますけど、その前にひとつ私達からの提案を飲んでもらいたいの」


ほお、ここに来て提案とな?


「今回の料理バトル、題材とする料理はすべてこちら側の選手が選ぶ権利を主張するわ。これは無論、料理バトルというそちらに対して有利な条件に対する多少のアドバンテージを求めているだけですわ。これくらいの譲歩はして欲しいのだけど、どうかしら?」


そう提案する魔王に対しオレは一同の反応を見る。

皆、それぞれに思うところはあるが、誰しもそれほど強い反対はしていないようであった。

まあ、確かにこちら側の戦力は料理界のほぼ上位。それに対してどの料理で勝負をするか程度ならば大した問題ではないし、むしろそちらのほうが燃えるというもの。

オレは皆の反応を確認してから母さんの提案に頷いた。


「そう、さすがはキョウちゃん。ありがとう。それじゃあ、今回の料理バトルのために招待した審査員の皆さんにまずは第一回戦の発表をお願いしましょうかしら」


そう言って会場の奥にスポットライトが当たるとそこにはグルメマスターと呼ばれたあの老人含む五人の審査員達が勢ぞろいしていた。

あなた達、こんなところでなにしてるんですか。


「では、これより第一回戦の対戦相手と、魔王側からの指定料理の発表を行う」


そう言ってグルメマスターの手により開かれた第一回戦の組み合わせ票は、まさに最初っからクライマックスと呼べる対戦であった。


『第一回戦 ヒムロ=ケイジ 対 “魔王”ファーヴニル』

『指定料理:麻婆豆腐』


我が父と我が母。こちらの最強戦力対向こうの最強戦力であった。

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