第57話「師弟対決決着」

「ふむ、一見するとただのオムライスのようだが、とりあえずは試食してみましょうか」


そう言ってフィティスが用意したオムライスを前に次々とナイフを入れ、それを口に運ぶ審査員達。

そして次の瞬間、彼らの唇から溢れるのは旨さによる感嘆。


「これは……このオムライスの上に乗っているソースは、かぼちゃソースか?!」


「その通りです。キョウ様の庭にて栽培されておりますジャック・オー・ランタンのクリームソースですわ」


そう、フィティスがオムライスのソースとして選んだのが、オレの庭に栽培されていたジャック・オー・ランタン。

ソースに関しては様々な選択肢があり、その中にはキラープラントのトマトソースも含まれていた、だがあえてフィティスがかぼちゃのソースとして選択したのは無論理由があった。


「時としてソースが強すぎるとその味にオムライスの味が殺されることがあるが、これはあくまでも主賓であるオムライスを引き立たせるための優しい味わい、なによりオムライスの中のバターライスをかぼちゃのソースがうまい具合にマッチしている」


そう、今回の料理の主賓はあくまでも卵であるオムライス。

そのためにフィティスはかぼちゃソースという優しい風味でオムライス本来の味を引き立たせていた。

そして、彼女の隠し札はそれだけではなかった。


それに気づいたのかすでに領主含む審査員達全員がフィティスのオムライスを夢中になって食べ、ひとしきり食べ終わったところで口を開いた。


「では、これより審査に移る。より美味であった卵料理に対して我々三人がそれぞれ票を入れる。準備はよろしいか?」


他の審査員、そして料理人を出したフィティス、カサリナ両名に確認を取り、全員が頷くと同時にそれぞれが手持ちの紙に名前を示す。


そして三者一同が書いた紙を開くと、そこに書かれた名前は皆、同じ人物の名前であった。

すなわち――フィティス。


その結果を見て沸き立つリリィやミナ、ドラちゃん、ジャックと言ったオレ達メンバー。

一方で完全な敗北を喫したカサリナさんは淡々とした様子でその結果を受け止めていた。


「ほお、まさか満場一致で敗れるとはこれは少し予想外であったな」


だが、その態度には全てを納得した様子はなく、フィティスの方を振り向き、彼女の作った料理を指差し問いかける。


「では儂を破ったという料理。儂も味わっても構わぬか? フィティスよ」


「構いません。どうぞ、味わってください。師匠」


そう言ってこうなることを予期していたのか、カサリナさん用に作っていたオムライスを差し出すフィティス。

それをフォームで一口つまみ、口へと運ぶカサリナさん。

その瞬間、彼女の表情に現れた変化はまさに驚愕であった。


「まさか、これは……」


そこにはどんな小細工が仕掛けられていたのか。勝敗の原因はそこにあるのだろうとカサリナさんは想像したのだろう。だが、そうではなかった。


「この卵――なんという、旨さだ」


そこにあったのは単純な卵の旨さ。

おそらく彼女が知る卵の中でずば抜けた旨さであり、それはバジリスクの卵はおろか色彩魚の卵をも越える素材そのものの味であった。


それを引き出すのに貢献したのはアマネスさんに頼んで作らせたオムライス専用のフライパンであった。

通常のフライパンよりも丸みを帯びて衣返しを容易にすることにより全体に火が通りやすく、これにより完璧な半熟を作り出し、卵そのものの味を損なうことなくオムライスとして仕上げていたのだ。


だが無論、それだけでこれほどの味は再現できない。


「フィティスよ、この卵。一体なんの魔物を使った? これほどの美味な卵を産む魔物ともなれば相当なランクのはずじゃ」


「今回、私が使った魔物の卵は――これです」


このオムライスの旨さの中核となっている卵。それが一体どのようなものであったのか期待したカサリナさんに前に置かれたものは、彼女の期待を裏切る何の変哲もない卵であった。


「コカトリスの卵、だと?」


それを見て思わず困惑の表情を浮かべるフィティス。

それもそのはずだろう。コカトリスと言えばDランクの平凡な魔物。その卵もいわゆる普通の味であり、ここまでの旨さを出すことはないはず。そう思われているのだから。


「師匠の疑問も最もです。それにお答えするためにも実際にお見せした方が早いでしょう。どうぞ、こちらまでついてきてください」


そう言ってフィティスはカサリナさんと共にオレ達をコカトリスを育てている場所まで案内する。

そう、そこはオレがコカトリスを飼育するために新しく建てた小屋ではなく、放し飼いにしている庭の方であった。


「ふむ、これは……」


「放牧と呼ばれる外の広い庭で鶏たちに自由を与えた飼育方法です」


とオレは目の前に広がった光景に説明を行う。


これは最初、小屋に入りきれなかったコカトリス達を外の庭で自然飼育した結果によるものであり、最初から意図したものではなかった。

だが、フィティスのおかげでオレもまたこの飼育法の本当の効果に気づいた。


「生き物というものは建物の中で飼うと多くの場合それにストレスを感じます。特にこうした卵などを生産する生き物に関しては狭い建物の中で密集して飼育することは大きなストレスに繋がります。無論、卵の管理や生産は建物内の方が断然上でしょうが、それに値するように卵一つ一つの質が落ちていきます。

ですが、外の庭で自由に過ごさせることによりストレスを受けることなく育ったコカトリスは通常よりも遥かに健康的で、その彼らが産む卵もまた比べ物にならないほど上質となります」


オレ自身、生産量を重視するあまりこんな基本的なことを疎かにしてしまっていた。

それに気づけたのもすべてフィティスのおかげである。

オレの説明に対しカサリナさんも一通り納得したような顔だったが、それでも一つ納得いかないといった疑問を口にする。


「確かにそれは分かる。狭い室内で飼われたものよりも、こうした外で飼われたものの方が質は上であろう。だが、それならば多くの野生の魔物たちもそうであろう? 儂が捕らえたバジリスクも無論、野生の魔物であり、彼らが産んだ卵もここにいるコカトリス達と条件は同じはず。にも関わらずなぜあれほどの味の差が出たのじゃ?」


「理由は簡単です。野生の魔物の多くは常にストレスを抱えているからです」


「なに?」


「よく考えてください、カサリナさん。いまあなたが言ったように野生の魔物の多くはあなた達、勇者に常に狙われているのです」


その言葉にカサリナさんは「はっ」と気づいた。


「そう多くの魔物は常に危険と隣り合わせで生きています。それは自分たちを狩る勇者であり、同じ魔物達、それこそ多種多様です。自分と自分の産んだ卵を守るために常に気を張り熟睡できない時も多いでしょう」


そう、野生の魔物というのは決して安穏としたものではないはず。

野生の獣がそうであるように、常に何かしらのアンテナを張り巡らせているもの。

それはすなわち彼ら自身に多大なストレスを与えていることにほかならない。


「さらに言うなれば、現在魔物の旨さの価値として定められたランク。おそらくこれの多くは現在の旨さよりも下がっているものの方が多いはずです」


「なに? それはどういうことだ?」


オレの言葉に思わず食いつくように聞いてくるカサリナさん。

それに対してオレは先ほどの説明をなぞるように答える。


「つまり、先ほどの答えと理由は直結です。現在の魔物達の多くは勇者達に狙われるストレスによりその旨さが半減しているものが多いのです」


オレのその回答にまさかとばかりに驚愕するカサリナさん。

だが、彼女もまたそれに心当たりがあるのか、静かに俯く頷く。


「そうか、つまりここにいるコカトリス達が行っている放牧、その真の意味とは」


「そう。ここならば絶対に安全という確信を与えることにより多くの魔物達が受ける死と隣り合わせのストレスを除き、その魔物が持つ本来の味、旨みを引き出しているのです」


そうして、出来上がったのがこの放牧式コカトリス。

おそらくはこれが本来のコカトリスの旨さであり、価値なのであろう。

今の彼らの料理としての価値はBランクにすら匹敵している。


「ちなみに同じ理屈で言うならば、兄ちゃんが育てているジャック・オー・ランタン達もその食材としての価値は野生のものよりも遥かに上がっている。それは兄ちゃんの畑から生まれた第一号であるオレが証明するぜ」


そう言ってジャックもまた己がその証拠とばかりに、この短期間で進化した姿を指した。

それを見てカサリナさんも、先ほどのジャック・オー・ランタンによるかぼちゃソースの旨みの秘密を知り、素材そのものの味を進化させる技法に感服した様子を見せる。


「なるほど。片や私が用意したバジリスクの卵はその本来の価値から知らず下がっていたものであった、ということか」


全てを理解し、納得したカサリナさんは静かに弟子であるフィティスの方を振り向く。


「よくぞここまで魔物の生体について調べた、フィティスよ」


「……これもすべてキョウ様のおかげです。キョウ様があえて異なる環境での二種類のコカトリスを育てていたからこそ気づけたのです」


いや、そこは狙ってやってたわけじゃないんだが、あえて突っ込まないでおこう。

フィティスのその言葉にカサリナさんは感動したように微笑み、いつかの時のようにオレに手を差し出したように、今度は目の前のフィティスに対して差し出す。


「見事だ。フィティスよ。今のお主ならば十分に儂以上の大役をこなせるじゃろう。行ってこい、儂らの代表として魔王にお主の料理を披露するが良い」


師のその言葉を受け取り、フィティスもまた師の差し出した手を力強く握り返した。

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