第52話「こんなに可愛い魔王様がオレの○○なわけがない」
「はぁ~獣耳尻尾のリリィちゃんカワユス~! もっふもっふのふさふさで萌える~!」
「ああもうー! 引っ付くなー! 尻尾を掴むな! 耳掴むなー!」
決着がついたかと思った瞬間、アマネスがそんな叫びを上げリリィに抱きつく。
というか、この世界でも萌えとかそういう単語あったんだ。
そんなどうでもいいことを思っていると、リリィの横蹴りがアマネスの鳩尾にヒットしその場に倒れ悶絶する。
そんなアマネスをよそにこちらへ来たリリィがなにやら上目遣いでこちらに聞いてくる。
「……で、どう」
「どうってなにが?」
「なにがって、その……アタシのこの姿見ても、今までと変わりなく接して……くれるの?」
そこには先程こちらを見た際の不安な表情が浮かんでいたが、そんな彼女に対しオレはあっけらかんと答える。
「なに当たり前なこと言ってんだ。猫耳や尻尾が生えたからって態度変わるわけないだろう。ってかそれなかなか可愛いと思うぞ」
そんなオレの何気ない一言にリリィは顔をボッと赤らめたかと思うとジト目で抗議をしてくる。
「……猫耳じゃないわよ。これどっちかっていうと犬よ」
「あー、そうか。わりぃわりぃ。って言うか、そもそも魔物を栽培してるオレからしてみればお前のそんな見た目変化なんか、別に大したことないだろう」
オレの返答にリリィはいつもの苦笑を浮かべながら「それもそうね」と頷く。
そんなオレ達の団欒の会話は次の瞬間、一瞬にして凍りつく。
空を覆う影。太陽を飲み込んだかのような錯覚を起こすそれ。
日食を思わせる巨大な黒い影はやがて、オレ達の前に姿を現し死を具現化したかのような魔物がそこに立っていた。
それは巨大な龍の姿。
全身の鱗は漆黒でその爪も翼も夜を映し出すかのような漆黒。
大きさだけで言えば、現状のロックよりも遥かに巨大であったが、それよりもなによりもその邪龍から感じられる気配。その圧力は先程までのアルカードはおろかリリィすらも軽く飲み込むほどの巨大な穴そのもの。
本能で分かる。これは違う。
桁や格の違いなんてものではない。
本質的、存在そのものの次元が異なる生命体。
「SSランク――ファーヴニル。この世界の『魔王』」
ぽつりといつもとは全く異なる真剣な表情でアマネスが目の前に降り立ったそれの名を呟いた。
おいおいおい、マジかよ。
魔王ってこいつかよ。どう見ても魔王というより邪龍です。本当にありがとうございました。
そんな蛇に睨まれたカエル状態で身動きが取れないオレ達をよそに先程倒れたアルカードが、立ち上がり目の前に立つその邪龍に頭を垂れる。
「魔王様……お見苦しいところをお見せして申し訳ありません」
そのアルカードの声に応えるように目の前の邪龍が口を開く。
『構いません、アルカード。私もその者達とは話をしなければならないようですから』
シャベッタアアアアアアアアア!! と思うのも束の間、邪龍ファーヴニルの姿が光に包まれたかと思った瞬間、そこには黒い髪の艶やかな美人と呼べる女性が立っていた。
変身できるのかというオレの疑問に隣りに立っていたリリィがすかさず答えてくれた。
「全てのSSランクの魔物は人化の能力を持っているのよ。これも自身の肉体を変化させる創生スキルの一種だけど、セマルグル様やアンタのロックちゃんだってやってることでしょう」
あ、なるほど。と一瞬で頷く。
というか前にモーちゃんも言っていたな。
それはそうと狙い通り魔王が現れてくれたんだ、ここからはオレの役割。
そう言わんばかりにオレはこちらに近づく魔王の歩に合わせるように近づく。
見る者が見ればまさに自殺行為に等しい光景であろう。
この世界の魔王、SSランクの魔物に対し何の策もなく悠然と近づく、気づくとオレと魔王の距離は目の前まで近づいていた。
この場に集った一行が固唾を呑む中、先に動いたのは魔王であり、その行動は見るもの全てを呆気にする行動だった。
「いや~ん! キョウちゃん、久しぶり~! 大きくなったのね~!」
魔王、SSランクと呼ばれた邪龍がオレに抱きつき、その豊満な胸をオレの顔に当てる。
リリィ、アマネスはおろか魔王四天王のアルカードすら唖然としていた。
そんな一行に対して、オレはさらに衝撃となる言葉を吐く。
「だーもうー! やめてくれよ! 『母さん』!」
「ええー、そんなだって小さい頃に抱っこして以来だったんだもんー。久しぶりに息子の体をハグしてもいいじゃないー」
そう言いながら絡めたその腕から脱出できず成すがままにされるオレ。ぐぬぬ。
そんなカオスな状況に呆気に取られていた一行の中でいち早く正気に戻ったリリィが恐る恐る尋ねる。
「ち、ちょっと待って。キョウ。あ、アンタもしかしてその人っていうか、その魔王って……」
「オレのお袋だ」
「やーんもうー、キョウちゃんったらー。気軽にママーって呼んでいいのよ」
語尾にハートマークを浮かべたこの女性。
紛れもない小さい頃にいなくなったオレの母親だ。
前に母親はいなかったと言ったが小さい頃、突然いなくなり、父からは「母は実家に帰った」と言われて「ああ、離婚したのかー」と勝手に一人納得していた。
だが、そんなオレの妄想を打ち砕いたのが、あのモーちゃんとの会話だ。
女神である彼女が囁いた魔王の正体。
それこそが、オレの母親であった。
小さい頃にいなくなった母親が物語後半、実は生きていて、しかも重大な役割を持ってるとか、確かに王道漫画でありそうな展開だよ。展開だけどさぁ!
どこの世界に異世界で魔王やってる母親とかいるんだよおおおおおお!!
さすがにあの時は過去最高に驚いた。
マジであの女神様ぶっちゃけすぎ。
とにかく、そんなわけでオレは魔王でもある母さんに会いたいという一念もあって女神様からのお願いを受けた部分もあった。
そりゃ、これまで会えなかった愚痴とか色々含めて言いたいこと言うためでもあったが、それ以上に母さんはオレを愛してくれていた。
幼い頃の記憶だが、それは鮮明に残っている。
誰よりも深くオレを愛してくれた優しい母さん。
そんな母さんなら息子であるオレの願いなら聞いてくれるかもしれない。
それこそが『魔王』である母さんに対して、『オレにしかやれない役割』でもあったのだ。
「母さん、今すぐヴァルキリア王国への侵攻をやめてくれ」
オレのその発言には母はそれまでのおちゃらけた雰囲気は少し引っ込めて悩む素振りを見せる。
「そうは言ってもね……母さんも魔物の王である魔王として魔物達の安全は確保したいのよ。そのためにはヴァルキリア王国の領土を取る必要があるの。そりゃ母さんだって出来れば戦なんてしたくはないのよ。けれど仕方がないのよ……」
ションボリとした感じでうなだれる母さん。
「だったらせめて戦以外の手段で解決できないのか? これじゃあ、お互いの兵や魔物の損失も馬鹿にならないだろう。母さんはそこらの魔物と違って、ちゃんと人格も知性もあるんだからさ。お互いそれに相応しく行こうぜ」
「……それじゃあ、キョウちゃんはそっちのヴァルキリア王国の人間として提案にきたの?」
「そういうことだな」
オレのその発言に「うーん」と唸る母。
よしよし、いい感じだ。これなら交渉の席につかせるのも難しくはないだろう。
ここはお互いそれらしい譲歩と契約で、不干渉の条約でも締結させれば……。
「わかったわ。確かに戦なんて野蛮だし、お互いに消耗も激しいし――いいわ」
おお、わかってくれましたか! さすがはマイマザー! では早速こちらの契約書にサインを……。
「それじゃあ、こういうのはどうかしら?」
ん?
「私達は、私を含めて私の側近である四天王の合計五人。
だから、貴方たちもそちらで合計五人、代表とする選手を選んでもらおうかしら」
え、いや、なんかこれマズイ方向に話が進んでますよ。
ちょっと待って。マズイですってそれは。
「5対5のバトル。それで決着をつけましょう」
いやいや、なに言ってんのお母様。
そっちSSクラスの魔王とSランクの四天王が四人でしょう?
対するこっちはSランク相当の七大勇者が二人だけ。勝てるわけないでしょう!
戦よりも、そっちの方がよっぽどこっちに不利じゃないですか!
マズイ。これは詰んだ。
今度こそ。確実に。詰んだ。
くそー! オレが余計な発言したばっかりに、最悪な展開になっちまったかもー!
もうだめだー! おしまいだー!
「それぞれの領土をかけた勝負――料理バトルで」
第二部・天下一武道大会編でフルボッコにされちまうー! 悟○ー! はやくきてく……って
「え? 料理バトル?」
魔王のその笑顔の提案に対して、オレは素で聞き返していた。
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