第42話「大料理大会決勝戦決着」
「よっと……お待たせしたな。こいつが地球の世界三大料理の一つ、中華料理だ」
そこに並んだのは中華丼、麻婆豆腐、チャーハンを筆頭と餃子、エビチリ、青椒肉絲、八宝菜、中華スープとまさに中華料理のオールスターであった。
そして、この世界において中華料理というジャンルそのものが確立されていないのだろう。
出されたその料理の全てが異世界人の目からしたら全くの新しい料理の数々であり、しかも野菜というフレッシュな素材を存分に使った料理だ。
親父がこれまで圧勝してきたのも頷ける。
というか、どちらかというと親父があそこまで料理が上手かった方に驚いている。
そういえば若い頃は料理人やってたとか言ってな……。
「これは、まさに色とりどりの料理。これまで様々な料理を見てきたが、これほど色鮮やかな料理は初めて見た」
「しかもなんという香ばしさか。ただ肉や魚を焼いた時のような素材そのものから漂う匂いではない。これはまさに料理として調理された匂い。これこそ食欲をそそる香りというもの」
「まあまあ、絶賛はそれくらいにしてとりあえず試食してくれよ」
審査員達の大絶賛を前にしても、いつもと変わらず飄々とした態度の親父。
その親父に急かされるように審査員達がゆっくりと並べられた料理を口に入れる。
その瞬間、彼らの味覚に走るのは旨さという名の奔流。
「こ、これは、なんという料理だ!」
「ただの豆腐がこれ以上ないほどの味を染みさせ、ほどよい辛さがむしろ食欲を刺激させる!」
「のみならずこちらのこの料理! ピイマンのような歯ごたえでありながら、それよりも苦味が少なく肉やソースとの調和がこれ以上なく浸透している!」
「いや、恐るべきはこれだけの料理全てに個性が存在し、その味が一つのジャンルのように固まっていることだ。しかもこの烏龍茶とやらもこの料理のために用意された飲み物であるかのように自然に口に入ってくる。以前キョウの海鮮料理の時もそうであったが、この料理における自然さ、調和、そしてそのバリエーションの数々、その全てが上を行っている。断言しよう、これは旨い!!」
「おおっとー! こ、これはまさかー! あのグルメマスターから旨いの断言が出たー!!」
審査員達の大絶賛のみならず、あのグルメマスターと呼ばれた老人のその断言には観客はおろか他の審査員すら驚きを見せていた。
「ケイジ殿、とおっしゃったか。名前といい、この調理法といい、お主はあのキョウとやらの……」
「まあ、そこは勝負にはあんまり関係ないじゃないですか。身元は抜きに単純に味で審査をしてください」
親父のその発言にグルメマスターは「それもそうだな」と笑みを浮かべる。
「では続きまして、キョウ&ミナ選手の料理ー!」
司会者のその呼び声にオレは調理を完了した料理を運ぶ。
その際、隣に立つミナちゃんに対し感謝の言葉を述べる。
「……ミナちゃん、ありがとうな」
「いえ、最後までキョウさんの思うとおりにしてください」
それが意味するもの。それはオレ達が調理するのを見ていた観客なら分かることだった。
オレは今回のこの決勝戦においてはミナちゃんの力を借りず、ひとりで調理を行った。
それは前日、ミナちゃんにも言い頼んだことであった。
理由はいろいろあったが、この決勝での親父との対決では、どうしても自分の力で勝利してみたかった。
これまでオレが育ててきた魔物、カサリナさんやミナちゃんから教わった料理。
それら全てをぶつけてどこまで通じるのか、試してみたくなった。
無論、この大会はミナちゃんの料理人としての格を上げるための大会でもあり、彼女には断る理由もあった。
だが彼女は「自分をここまで導いてくれたのはキョウさんですから、最後はキョウさんの好きなように任せます」とオレに全てを託してくれた。
彼女のその期待に答えるためにもオレは持ち得る全てを注ぎ込み、その料理を審査員たちの前に広げる。
「お待たせしました。これがオレの料理です」
「ほお、これは――」
そこに広がったのはジャック・オー・ランタンのスープ。デビルキャロットとマンドラゴラの花添え。焼きエントタケ。そしてコカトリスのキラープラントソースかけであった。
それはミナちゃんと初めて参加した食堂コンテスト。
そこでオレが用意した食材をミナちゃんが料理した最初の料理であった。
だが、そこに込められた食材はオレがこの異世界に来てから栽培してきた魔物達の集大成。
最初に育て、今までも育ててきた連中。
『食の開拓』というこの大会の趣旨からすれば地味すぎる選択であろう。
だが、オヤジ相手に対しては、オレが小細工を仕掛けても、その上を行かれる。
ならばこそ、あえてオレはあえてこの料理を選択した。
オレが育てた魔物達の品質、その良さ、旨さ。
ミナちゃんの技術、カサリナさんの指導、フィティスの協力、この大会で腕を上げたオレの調理。
それらを余すことなくぶつける。
単純だが、オレが見出した答えがこれであった。
そんなオレ達の全てがこもったある意味、集大成の料理に審査員達が箸を伸ばし、それをゆっくりと口に入れていく。
「ふむ」
「これは」
そこから漏れるのは先ほどのまでの大仰な感想でも絶賛でもない。
ただ感嘆の一息。それのみを漏らし、審査員達は黙々とオレが出した料理を口に入れ、気づくと全てを平らげていた。
「――実によい料理であった」
それは初めてグルメマスターがオレ達の料理を食した際に漏らした感想と同じであった。
「ではこれより、いよいよ審査へと移ります! 審査員達はより美味であった方の名前を書き、票を投じてください!」
司会者のその宣言に対し会場中が静まり返る。
そして、最初の審査員の評価がくだされる。
そこに書かれたのは――ケイジ。
「おおっと! 最初の票はヒムロ=ケイジだー!」
観客の騒ぐ声と同時に続いての審査員の票が明らかとなる。
そこに書かれたのは、再びケイジ。
このまま決勝も全票を取るのか、という司会者の声が響くが、それは次の票にて砕かれることとなる。
そこに書かれたのはキョウ。すなわち、オレの名前であった。
息を呑む暇すら許されず四人の目の票も開示される。そこにあったのもオレの名であった。
「な、なんとー! 遂に決勝にてケイジ選手の全票勝利の神話が覆されるー! これにより票は2対2! 最後の審判は、グルメマスターの評価に委ねられたー!!」
盛り上がる会場。その熱気はまさに頂点を極め、それに対しまるで巌のように静かなグルメマスターはゆっくりと何かを決断したかのように筆を取る。
走る字。やがて筆の動きが止まり、グルメマスターの瞳がオレと親父を見比べるように見る。
そして、静かに彼の書いた名が会場中に広がる。
「――――――」
息を飲んだのはオレだったか。あるいは親父だったか。
それすら分からないほど会場中が一瞬沈黙した。
だがやがて、決勝戦の勝者を祝うべく会場中から祝福と歓声が広がる。
オレと親父はただ静かにその場に立ち尽くし、その結果を見ていた。
「……ふう、やれやれ。まあ、結果がどうあれ、お前とこうして全力で試合できたのは楽しかったぜ、キョウ」
そう言って親父が手を差し伸ばす姿が見える。
ああ、そうだな。結果がどうあれ、お互いに全力を尽くしたのなら、その手を握る資格はオレにはある。
見るとミナちゃんは涙をこぼし、観客席を見れば同じく涙を流してるドラちゃんやロックを抱き寄せるリリィやフィティスの姿もあった。
不思議とオレの中にあった感情は達成感のみであった。
全力を出した勝負。思えば生まれから一度もそんなことはしたことがなかった。
結果がどうであれ、オレは今の自分のこの清々しい気持ちを否定はしない。
「――けど、次は負けねぇぜ。親父」
「ああ、楽しみにしてるぜ」
優勝者の名はヒムロ・ケイジ。
大料理大会決勝――その戦いにおいてオレは初めての敗北を喫した。
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