第40話「野菜と魔物は紙一重」

「キョウー!」


オレの勝利が宣言されると同時に観客席の方から馴染みのある声が聞こえてきた。


「リリィ、それにミナちゃん!」


そこにはリリィと一緒にこちらへ向かってくるミナちゃんの姿があった。


「ごめん、結局間に合わなかったみたいで」


「いや、試合には勝てたから気にしなくていいぜ。それよりもミナちゃんの方こそ大丈夫だったかい?」


「はい、あれから別荘のような場所に連れてこられて、そこで奇妙な人たちに料理を作ってくれと言われまして……。一応、作ったあとに出ようとしたのですが、扉には結界が張ってあって出ることは出来ず……でも、ひどいまねとかはされなかったので安心してください」


なるほど。まあ、おそらくは勝負がついてしばらくしてから扉を開けるつもりだったんだろう。


「とは言え、次からはあんまり姑息な手は使うなよ」


「な、なんのことかな? 僕にはさっぱりだよ」


明らかに目が泳ぎながら冷や汗を流してる天才勇者。バレバレだっつーの。


「キョウさん、本当に申し訳ありません。今回の大料理大会、もとはと言えば私から出場をお願いしていたのに肝心の私が何もできず全部キョウさんに任せることになってしまって……」


「そんなことないよ。むしろ、ここまでこれたのもミナちゃんのおかげだよ」


「キョウさん……」


そんなオレとミナちゃんが珍しくいい雰囲気を出していると、ふと後ろから声がかかる。


「おーおー、決勝まで残ったのかよ、キョウ。お前やるじゃねーか」


「そういうアンタも決勝まで残ったみたいだな。親父」


振り返るとそこには無精ひげを生やし、探偵ものとかでよく登場しそうな胡散臭い雰囲気のオッサンが立っていた。


「ははっ、いずれにしてもこれで決勝戦はお互いに因縁のある相手になるわけだ。まあ、いっちょよろしく頼むぜ」


突然降って湧いたような親父に因縁も何もないが、まあ仮にも相手は父親。全力でぶん殴り、じゃなかった。全力で潰しに行かせてもらうとも。


「お、そうそう、ちなみに先に言っておくぜ。お前も魔物の栽培と独自の調理法でここまで勝ち進んできたみたいだが、それがお前だけの特権だとは思わないほうがいいぜ。さらに言わせてもらうなら、世の中にはお前の先を行ってる奴もいるって知っておきな」


そう言って親父はあるものを放り投げる。

それを受け取った瞬間、オレは思わず驚愕の表情を浮かべる。


「? なにこれ、緑色のボールかなにか?」


「なにかの魔物、でしょうか? それにしてもやけに大人しいみたいですが……」


「いや、違う。これは魔物じゃない」


リリィもミナもそれを見るのは初めてだったのだろう。

それは魔物から切り離された実でもなければ、魔物そのものでもない。

なんの変哲もない植物。だからこそ、この世界にとっては異質すぎるそれ。


「こいつは、野菜だ」


そう、それは正真正銘の野菜。

紛れもないキャベツであった。


「お前はまだ魔物を栽培して、それを育てるくらいしかできてないみたいだが、本来それは創生のスキルの一片にすぎない。進化の方向性を自分で操作することも、そこから新しい種を生み出すことも可能。つまりは品質の改良を続けることで魔物を野菜へと変化せることもできる」


確かに理屈ではそれは可能だろうし、オレもいつかはそれを成そうと思っていた。

だが、まさかすでにそれを先に成している奴がいたなんて。しかも、それが親父だったなんて。


「最初に言っておくが今やオレが育てているものの全ては野菜だ。この世界の魔物はその生態性ゆえに栽培が特殊で、収穫しても味のクセやアクの強い連中も多い」


そう、それゆえに地球上にあった野菜の味をそのまま再現するのも難しい魔物もいる。そのため、その野菜をベースとした料理などができない場合もあった。

だが、地球と同じ野菜をそのまま育てられるなら、それはつまりアレンジの必要なく地球の食文化、料理をそのまま持ち込めるということ。


「決勝戦は今から一週間後だそうだ。キョウ、それまでお前がどんな料理で勝負をしてくるのか選手として、父として楽しみにしてるぜ」


ひらひらと手を振りながら歩きさっていく親父。

一見、飄々とした態度だがオレにだけはわかっていた。

おそらく親父の料理は間違いなくこの世界のトップを塗り替えるほどのものだ。

事実、今までのオレがそうしてきたように、親父はその遥か先を行っている。


知らずオレは震える拳を握りしめていた。

一週間後の決勝。それは紛れもなくオレにとってかつてない強敵との対戦となるであろう。

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