第18話「乙女の気持ち。マンドラゴラの気持ち」

私はいますごく不機嫌です。


私、マンドラゴラのドラちゃんといいます。

ご主人様と一緒にこの家に住んでいます。

普段はお昼寝が趣味でぽかぽかと気持ちのいいお昼は地面の中で眠っています。

夜はご主人様の布団に勝手に潜り込んでお腹の上で眠っています。

そんな感じで私は生まれてから、ご主人様のそばで毎日楽しく暮らしていました。


だから、こんな気持ちになったのは本当に生まれて初めてです。

私はいますごく機嫌が悪いです。


原因は最近ご主人様と一緒に暮らすことになった女の人、グルメ勇者のフィティスさんです。

なんだかほとんど無理矢理にご主人様と暮らすことになった彼女。

寝ているご主人様の隣に移動して、こっそりいつも一緒に寝てます。

翌朝起きたご主人様が毎回すごく動揺していますけど。

そのやりとりが最近なんだかムカムカします。


フィティスさんのほかにもここにはいろんな人が来ます。

ご主人様と付き合いの長いリリィさん。それから食堂屋のミナさん。

たまに領主の使いらしい人が来てはご主人様が呼び出されることもあります。

けれど、彼らに対してはこんな感情は持ったことはありませんでした。


フィティスさんがご主人様にくっついてイチャイチャしているのを見ると、とにかく不機嫌な気持ちになります。ほっぺが膨らみます。

そんなここ最近の私の変化に気づいたのかご主人様が聞いてきます。


「ところでドラちゃん。最近、やたら不機嫌みたいだけどなにかあったのかい?」


「なんでもありません」


その度にご主人様に対してツンとした態度でそっぽを向いてしまいます。

いつもなら頭に乗ったり肩に乗ったり、ご主人様の上で昼寝していたのに、最近ではそれも全然出来なくなりました。

いつもは楽しいご主人様との時間がとても辛いです。

ご主人様がフィティスさんと一緒にいるのを見ると胸の奥がチクチク痛くなります。

そして気づくと私はご主人様のいる家から出て、森の方へ走っていました。

どれくらい走ったのか、空はどんよりと曇って雨まで降っていました。

私は急いで近くの樹の下に行き、雨宿りをしました。

しばらくぼーっと雨を眺めていると向こうから誰か(なにか?)がやってくるのが見えました。


「ジャックさん……」


「よお」


ふわふわと浮かんできたそれはジャック・オー・ランタンのジャックさんでした。

しばらく浮かんでた彼は私の隣に座ると不意に話しかけてきました。


「なんでまた勝手に出て行ったんだ。兄ちゃん達が心配していたぞ」


「そうですか」


そのセリフを聞いて嬉しく思う自分がいるのと、心配をかけて申し訳ないと思う自分がいた。


「……私、最近なんだか変なんです。ご主人様がほかの女の人と仲良くしてるの見ると嫌な気分になって落ち込んで、でもそういう気持ちになる自分が一番嫌で……」


私はここ最近胸の内で感じていた感情は初めて誰かに打ち明けた。

どうしてこんな気持ちになるのか自分でもわからない。そう思っていた私にジャックさんが答えてくれました。


「ドラちゃん。アンタ、兄ちゃんのことが好きなんだな」


「え?」


思いもよらない言葉でした。

確かにご主人様のことは好きでしたけど、それを口にされた途端、なぜだか胸がドキドキして顔が真っ赤になるのが感じられたからです。


「ドラちゃん。アンタの兄ちゃんに対する好きってのは異性として好きってことだ。アンタは兄ちゃんに惚れてる。だから自分以外と仲良くしてる女性を見ると嫉妬しちまうんだろう」


そう初めて誰かに指摘されることで私は気づきました。

何気ない毎日の中、ご主人様と過ごすうちに優しいご主人様に惹かれていたこと。

種族の垣根を超えて好きになっていたこと。私は私自身気づかないうちにご主人様を愛していたことを。


「で、でも、私……マンドラゴラだし……ご主人様とは」


「種族が違うからって好きって気持ちを否定することはねーだろう。好きにならない理由よりも好きになった理由を大事にしな」


ジャックさんにそう言われて私はなんだか吹っ切れた想いでした。

私はご主人様が好き。ならそれを素直に心に抱こう。

ご主人様が育ててくれた私という存在ごと大事にしようと、そう思いました。


そうして雨が止むのを待っていると再び雨の向こうから誰かが来るのが見えました。

それは全身を真っ白いローブで羽織った不思議な人。

男なのか女なのかわからない。けれど、どこか普通の人とは違う気配でした。


「……マンドラゴラか」


そう言ってその人物が何かを詠唱すると私の体が拘束され宙に浮かぶのを感じました。

慌てて声を出そうとしても言葉は口から出ませんでした。


その人物の手の中に奪われながら、私を取り戻そうと体当たりをするジャックさんが足蹴もなく振り払われる姿を見ながら、私の意識は闇へと沈みました。

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