●15. 引退お疲れさまーっすっw

『俺の勝ちだな』


 バシッと宣言した。

 ヒダリは聞いていなかった。いや、見ていなかった、か――とにかく、ヒダリはこっちに見向きもしないで、まとわりつかせたままにしていた鋼鉄ダンゴムシの始末をしていた。防御特化のダンゴムシといえど、ランク八戦士が本気で倒しにかかれば、まさに秒殺だった。


 ……秒殺だったけれど、俺が素面に戻るのには十分な時間だった。

 俺、決闘の途中から、かなり入り込んでいたな……。


『待たせたな』


 ダンゴムシを始末したヒダリが俺に――じゃなくて、フライド豚まんに向き直る。


『ええと、勝負は俺の勝ちってことで』


 改めて言い直すと、なんだか無性に小っ恥ずかしい。というか、なんで勝負なんてしたんだっけ? 俺から決闘を持ちかけたのは覚えているんだが、その理由はなんだったか……あれ? 本気で思い出せない……。

 悩んでいる俺に、ヒダリはいっそ清々したような様子で話しかけてくる。


『やられたよ。まさか負けるとは思わなかった。自分もまだまだだな』


 ルールをよく確認しなかったのが敗因だ、みたいな負け惜しみを言わないところは好印象じゃないか――と思ったら、続けてこんなことを言いやがった。


『おまえの技量は素晴しい。これなら安心してアズヘイルを任せられる。晴れて、我が資産を受け取ってくれたまえ』

『だからそうじゃねーっつの!』


 ああ、そうだ。思い出した。俺が決闘を申し込んだのは、こいつがこんなことを言う馬鹿だったからだ。言っても分からない馬鹿は、一発ぶん殴ってやるしかないと思ったからだ。まあ、ぶん殴っても結果は変わらなかったわけだが。


『おまえさ、悔しくないわけ? リアルの喧嘩ならともかく、唯一自信が持てる分野のネトゲで決闘して、ほぼ初心者の俺に負けたんだぞ。平気なわけ?』

『……さりげなく馬鹿にしているのか?』

『事実を指摘しただけだ。リアル捨ててる皆元くんは、唯一の拠り所であるネトゲで負けて、いまどんな気持ちですかぁ?』


 あからさまに煽ってやったら、さすがに皆元も黙ってしまった。


『あれぇ、黙っちゃった? 痛いところ突かれて、いま泣いちゃってたりしてる?』


 答えはない。ヒダリは微動だにしない。


『つーか泣いてるだろ。顔真っ赤にしてうぇうぇーってっっw』


 まだ動かない。まだ煽らないと駄目か? ……そう思って、さらなる罵倒のチャットを書き込んでいたところで、とうとう皆元の怒りが爆発した。


『誰が泣くか!! あんな不公正な決闘で勝って雀躍しているおまえのほうが滑稽だ! そんなおまえを想像すると泣けてくるわ!!』

『やっぱり泣いてるんじゃねーか』

『揚げ足を取るな!!』

『じゃあ皆元は言い訳するなよ。いまの決闘は公正だっただろ』

『おまえが一方的に決めた、おまえ有利の不正ルールだったではないか!』

『言いがかりだな。おまえも確認した上で了承したんだから不正なわけねーし』

『詭弁だ!』

『揚げ足の次は詭弁か。ぶっちゃけ、リアルじゃ実はあんまり言う機会のないワードを言いたいだけなんじゃー?』

『違う!』

『あーそうか。皆元、リアルじゃ話しかける相手いないもんなー。ただ単に俺とお話ししただけだったかっっw』

『黙れ!!』

『黙ってまーすっw 無言でチャット打ってまーすっっw』


 あ、ちょっと馬鹿にしすぎたかな……と思ったものの、吐いた唾は呑めない。ここまで言ったら、最後まで突っ走るまでだ!


『まー、いい機会なんじゃねーの。ネトゲ卒業してリアル頑張れーってさ』

『おまえに何が分かる』


 分からないよ。すまない、皆元。


『分かる分かるw っつか、おまえも分かってるから引退するんだろ。あ、俺、揚げ足を取っちゃった?』


 皆元は何も言わない。本当にすまない。でも、最後まで言うぞ……!


『引退お疲れさまーっすっw あ、おまえの資産とかクソ要らんから即売りだけど、相方はありがたく貰ってやっからっっw』


 エンターを押して、フライド豚まんの頭上に最高に池沼な発言が浮かんだのを見た途端、


「うええぇ……」


 リアルに嘔吐するみたいな声が出た。

 うちのクラスの茶髪チャラ男でも言わなそうな下種い言いまわしを必死に考えてみたわけだが、俺自身に対するダメージも半端なかった。でも、ここまで言わなければ、皆元には――この意固地を拗らせた馬鹿にはきっと届かなかった。やりすぎだったとは思わないぞ!


『誰がやるか』


 ヒダリの頭上にチャットが跳ねる。

 何をだよ、と聞き返す前に、ヒダリのチャットが爆発した。


『山野、おまえには失望した。おまえがこんなな下種だと知っていたら、最初から話しかけやしていなかった。誰がおまえなんかに資産を譲ってやるものか。自分が着ている装備はどれも、自分とアズヘイルが二人で築き上げてきた努力の結晶だ。その価値を理解しないおまえなんかに誰がやるか! おまえにくれてやるものなんか、何一つない! アズヘイルもだ!』


 絨毯爆撃のごとくログを埋め尽くした発言に、俺は圧倒されつつも安堵した。


『あー、そうかよ。引退するする詐欺ってこと』

『何とでも言え。おまえにアズヘイルは渡さない』

『そういう格好いい台詞は、アズヘイルに許してもらってから言えよなw』

『言われるまでもない!』

『あーそーですか。じゃーもー黙りますよ。っつか落ちる』


 俺はその発言がフライド豚まんの頭上に表示されたのと同時に、S.Oを終了させた。ログアウト処理を挟むのももどかしかった。


 ……。


 壁紙とショートカットだけを映すディスプレイを見つめていたら、口から深い溜め息が零れた。


 ……あそこまで言うことなかったんじゃないか、俺? 皆元は冷静に話をしても分かってくれたんじゃないか? むしろ、無駄に煽って、話をややこしくさせただけだったんじゃないか? 俺は一体なんだって、あんなに煽りまくったのか――


「――そうか。むかついたんだ」


 桜川さんと仲直りしようともせず、一人で勝手に引退だ二代目だと言っている姿に、ただもう酷くむかついたんだ。それだけだったんだ。


「でも言い過ぎたとは思ってるんだよな、自分でもさ」


 だからこそ、途中からわりと冷静になってしまって、脇の下を冷や汗でべっちょり湿らせながらチャットしていたわけで。


 あ……一人で勝手に変なこと言い出してるのって、俺も同じじゃないか……。


「はああぁあぁああぁ……」


 呻きとも溜め息ともつかない後悔の声が、喉からでろでろと溢れてくる。あまり奇声を発していると母軍曹の怒りに触れると分かっているが、声を呑む気にはなれなかった。そう――出した言葉は呑めないのだ。

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