母の話。
東の空が滲んで群青から紫、赤から黄金へと美しい朝焼けを作る。天女の羽衣のように薄くたなびく筋雲を優しく揺らすように風がふいて
夜明けを知らせるような産声だった。
予定日より少し早く産気付いたわりになかなか出てこなくて大変だった。それでも産まれたときには平均より小さめな位で後は至って健康で問題なかったと喜んだ。
小さくてくしゃくしゃでダミ声で不細工だったと言いながら、内心では愛しくてたまらなかった。その後は夫とうまくいかず兄弟を生んであげることはできなかったけれど一粒種の息子はすくすくと育ち突出した才は見えねどもよく笑う可愛い子だった。
夫と別れて数年、息子は幼いながらも人間関係に悩み笑顔を失いかけていた。そんなある日、犬を飼った。名前は息子がナツコとつけた。夏に拾ったから。我が子ながら安直なネーミングだと思った。でもナツコのおかげで息子は笑顔を取り戻した。軽い人見知りの癖はあったが、一人親で仕事の忙しい私のために料理を作り待っていてくれる優しい子になった。どんどん腕は上達し私は外食を好まなくなった。
大きくなって学校へ通うようになると親子二人の時間が少なくなることが寂しかったが息子の世界も広がったのだと感慨深かった。
今日は試験休みで早く帰ってくるはずの息子と久しぶりに親子水入らずでゆっくりご飯を食べようと約束していた。仕事を早めに切り上げて家へ帰ると様子のおかしいナツコが玄関を引っ掻いていて驚いた。忙しなく吠えるナツコに嫌な予感を覚えつつ中に入る。息子の名前を呼びながらリビングをのぞきキッチンを見るがエプロンをつけた背中はなかった。いたずらか遅い反抗期かと思いたい。でも、小さな一階建ての家中見て回っても、息子の姿はなかった。
呆然として座り込む私に寄り添うようにお座りしたナツコはもう吠えていなかったが、代わりにゆっくりと話しかけてきた。
「ごめんなさい。私の縁があの子を連れていってしまった。けれど加護者が傍に居る。必ず、幸せに成れる」
柴犬のミックスの姿をして彼女はそう言った。正直にいってものすごく戸惑った。けれどもうこの世界に息子がいないのは事実のようだった。学校に問い合わせて知らない子だと不思議そうにされてしまい、慌てて確認すると戸籍に息子の名前が無くなっていたのだ。どんなに嘆いても息子は現れない、それどころか周囲には忘れられている。思い余って元夫に連絡もしてみたが無駄だった。
息子が持たせてくれた弁当箱の包みはちゃんと手の中にあるのに、どうして。
その日は気を失ってしまったらしくリビングでスーツのまま目覚め、隣には私を暖めるようにナツコが丸まっていた。気づくと責めるように問い詰めていた。どうしてあの子が!ナツコが悪いわけではないのだと頭でわかってはいても感情がついて来ない。ナツコは悲しげに鼻を鳴らしながら身を震わせた。人間の姿なら蹲って泣いていたのだろう。
「ごめんなさい」
「私こそ、ごめんね。ナツコが悪いんじゃないってわかってはいるのよ」
どこにもぶつけられない悲しみを胸に幾日かなんとか過ごした。
週末、有給をとった私はナツコに案内されて散歩コースにある神社を詣でた。犬神に縁のある神社だ。お賽銭を投げ込み手を合わせるとスマホが鳴った。確認するといつまでもガラケーを愛用していた息子の名前だった。今は異世界に居るという息子から何度もメールが届く。何でもないように答えながら私の目からはあとからあとから止めどなく涙が溢れた。
私は身辺を整理し旅の準備を始めた。息子から来たメールがきっかけだ。ナツコとはよくおしゃべりをして前よりも仲良くなり、彼女がその異世界の主神の
息子には好きな人がいるらしい。男性なのだという。その男はナツコの加護を受けており彼女の能力で見るとあの子を心から愛しているという。そう聞いてもなかなか安心はできない。なので、直接会いに行こうと思います。
結婚式には間に合わせるから、待っていてね。アカツキ。
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