第189話 カインと約束。
山の峠道をガザシとマリナと三人で歩く。前には彼と歩いた火山だが今日も晴天の下、風が強い。結界石を使ってテント泊したな。慣れてるガザシとマリナだから休憩はとっても泊まるほど時間をかけず山越えしてしまう。
ゆっくり白湯を飲んでパンと干し肉をかじるとほっと息をつく。彼が作って預けてくれた魔道具のお陰でその休憩も格段に安らげる。今頃彼はどこにいるだろう。胸に下げた小さな魔石のついたペンダントを手の中に転がす。あの後から透明だった魔石に少しずつ色が入り今では宵闇から朝焼けの空のような美しい藍色になっている。まだ日の高い空にかざし陽射しにきらめく翼のペンダントトップを眺めていると視界の端に何かが入ってきた。警戒して腰をあげるとガザシとマリナもすぐに動けるように姿勢を変える。
「ぎゅあお」
「カルモ…!?」
カインはガザシとマリナに味方だという合図を送る。精霊は厳密には中立なのだがまあ俺たちの敵ではないだろう。
「カルモ一人なのか?…」
「ぎゃぉ…」
「そう、か」
「ぎゃう、ぎゃうぎゃぁう」
「…一緒にいくか?火山から王都まで行って、またここまで来たんなら」
「ぎゅあー♪」
「よしよし、一緒に探そうな…」
「ちょ…おいおい、カイン?」
「なんだ?」
「いや、その…な?」
「恐れながらカイン様…その、お方はどちら様ですか?」
つい彼と一緒にいたときのように普通に会話をしてしまったがカインもカルモの言葉をはっきりわかっているわけではない。だが更にガザシとマリナにはわからないだろう、カルモがドラゴンという精霊の長たる存在であるなど。その辺りをさらっと説明すると二人は目を白黒させて口を無意味に開け閉めして驚いていた。
「ま、まさか精霊の長様とは」
「知らぬこととはいえ大変失礼を」
「ぎゅ?ぎゃあお」
「気にしてないようだぞ」
「寛大なお言葉ありがとう存じます」
「ぎゅあぎゅぎゅう」
「もっと気楽に…、精霊の長たるドラゴンと言えどまだ子供だからな。カルモは」
「そうか、じゃあカルモ、よろしくな!」
「ぎゅあーおっ!」
「よろしくお願いしますね」
「ぎゅああ」
カルモは彼になついていたし一緒に探せばもっと早く見つけられるかもしれない。彼もきっとカルモに会いたいだろう。カインはカルモも加えて三人と一匹で旅を続けた。
海辺のラーシェイ、火山と来て、草原のレイクサイドの町を後に山を越えればもうナンオウの街に辿り着く。山の麓の村では行きと同じく屋台が出ていて、ヤマイチゴのジャムを見つけた。彼と帰りにまた買おうと約束したジャムだった。
「なんだ?ジャムか?」
「ああ、また帰りに買おうと約束したんだ」
「…そうか…、って買いすぎいくない!」
「?」
「?じゃない、あの坊主なら買い占めはしないだろっ」
「…………そうだな」
「苦渋の決断みたいな顔すんな」
とりあえずジャムは二瓶だけにして生のヤマイチゴも買って、ナンオウに帰ることにした。彼は料理を楽しんでいたようだったから。心のなかに彼と一緒にしたいこと、話したいことが沢山積もって行く。それをカインは彼と約束するように重ねていく。必ず、彼と、逢えると信じて。
第一のナンオウは今も彼の結界に守られている。カルモはそちらに行きたがったがまずは第二の洞窟町ナンオウの方へガザシに案内されて行く。ナンオウの町に住めない訳じゃないが洞窟も開発が進み居心地が良くて殆どの人が第二の方にいるから。
「おーい、帰ったぜぇ」
声をかけながら日の光の届かない洞窟なのに何故か明るい町に入るガザシの後に続きながらカインは少し表情が固い。
「おっ、おかえりー」
「お帰り、無事で良かったよ!」
「おかえりぃ、お土産はー?」
気安い町の人たちの言葉と笑顔に自然頬が緩んだ。元王子という立場を国民には明かした後だったことやこの姿を忌避されるのではという恐れがカインを固くさせていたのだ。もともとナンオウには猫の獣人がいたが、俺のそれは珍しい種なのだ。けれど王都に行く前と変わらぬ態度にほっとする。隣に彼が居ないことだけが心苦しかった。
「さ、まずは腹ごしらえしなさい」
急ごしらえでないしっかりしたテーブルと椅子を並べられた広場にあるスペースで、猫飯屋の店長マオが作った料理を宿屋の看板娘ミランダが配膳してくれる。
「…ありがとう」
「ふっ、ちっとは大人になったんじゃない?」
お礼を言えば吹き出すように笑われて苦笑する。過去の黒歴史…自棄になってやらかしたのを彼女には知られている。彼女ミランダからそう見えるのなら少しは成長したのかもしれない。
ガザシやマリナと共に出された食事に口をつける。舌に馴染んだ記憶と変わらない味に口に匙を運ぶのが早くなる。焦る気持ちや申し訳ないと無意識に強張る体がほどけていくようだ。
「…大丈夫、あの子そんな弱くないわよ」
「っ」
そっと呟くミランダに思わず顔をあげる。少し苦しそうな顔は一瞬で次にはもう強く輝く笑顔だった。
「あの子素直で優しいけど頑固そうなとこあったじゃない?それで我慢強いから結構粘って何とかしちゃうって…だからさ、ちゃんと逢えるわよ、絶対ね!」
ウインクされて瞬くとその視線にさらに促され周りに目を向ける。いつのまにか集まっていた町の人たちの顔に浮かぶのは安堵と共にひらめく強く輝く笑顔だ。力強く温かい笑顔。
約束は守れると信じているんだ。彼のことを信じているし。俺のことも…案じながら信じている。その笑顔が嬉しく、有り難く、心強かった。
「…ありがとう…」
心に強く、再び約束する。必ず、彼と。
カインの頭に生えた三角の獣耳が希望に誇らしげに前を向いてピンと立ち、魔道具の灯りにふわふわと揺れる尻尾が柔らかに輪郭をきらめかせていた。
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