第188話 カインとたくさんの。

 下町を抜け王都から出るまでたくさんの人に声をかけられる。騎士団にいた頃の知り合い、お忍びで町に降りたときの知り合い、親しくなった人たち、お世話になったたくさんの人たち。

「旅に出るんだって?体に気を付けてな!」

「これ干し肉上手く出来たから持ってきなよ」

「カイン兄ちゃん元気でねーっ」

「これも持ってけ!」

「魔石あるぞ、お守りにでも使えよ」

 みんな気遣い心配し心を寄せてくれる。渡してくれたものに宿る心が何より有り難く…こんなにも、一人じゃないと教えてくれる。暖かく満ちていく胸に少しだけ足りないのは彼だけで、それもこの町の人たちは知っていて。

「見つけたら離すんじゃないよ!」

「しっかり捕まえてきな!」

「二人で顔見せに来な!じゃないと許さん!」

「大事にしてあげてねー」

「リア充めー!」

 城でもアヴィ兄上から言われたがここでも挨拶に帰ってこいよといささか乱暴な口調でも優しい気持ちのつまった言葉をかけられる。だから俺は不敵に笑って答えた。

「ああ、必ず」


 王都をでる検問の列に並ぶ間もこの調子で門番にまで発破をかけられて苦笑しながらガザシと町の外へ出る。早朝から行動したはずが話し込んだこともあり太陽が中天に差し掛かろうとしていた。

「カイン王子」

「キローゲ殿…」

 現れたのは先代宰相キローゲ、だが現在大事件の後始末で一時的に宰相職を預かりデリカ師と共に王太子のヴァイエ兄上を手伝っているはず。

「なに、手が空いたので見送りにの」

「…ありがとうございます」

 カインの全身を確認してキローゲは頷く。

「その姿、似合うておる。やはりありのままが一番という事じゃな」

「であれば、嬉しく思います」

 笑って答えるとキローゲもにやりと笑みを浮かべた。

「しかし殿下は五感が鋭いと知っての、都合が悪いときもあろう。これを…」

「こ、これは?」

 反射的に差し出されたものを受け取り、手の中の筒状の物を見て驚く。

「うむ。水の精霊様より預かりしもの。殿下ならば使い方も心得ていよう、とな」

「精霊様が…ええ、ありがとうございます」

 それは彼と海辺の街を通ったときのこと。嗅覚が鋭すぎたカインのために彼が作ってくれた魔法のアレだった。

 水の精霊様は彼が封印の石の欠片でかき集めた力によって解放されている。俺たちに姿は見せないけれど精霊の声なき声を届けてくれた。彼のお陰で再び精霊は復活し、良き隣人となる努力を…共にしていこうと伝えてくれたのだ。

「助かります。これがあると臭いが弱まるので」

「ほう、それは良かった」


「それでは」

「うむ…ああ、忘れるところであった。王からも伝言が」

「はい?」

 とぼけたようにしてさらりと告げられた言伝てに虚を突かれ息を飲む。

「いつでも帰ってまいれ、と」

 突き放したようでいて真には不器用な愛情を持ってくれていた父の、拙くも確かな、家族への言葉に。

「…はい、王も、父上も、元気で、と」

「あいわかり申した」

「あなたも、キローゲ殿」

 喰えない笑みを浮かべて頷く前宰相にこちらもにやりと笑って続けるとさらに笑みが深まった。

「ふふ、まだまだ若い者に遅れはとりませぬ。ルーファウスも鍛え足りぬことです、存分にしごきますゆえ安心して嫁御をお迎えなされませ」

「!?…はい、必ず口説き落として来ますよ」

「ふふふ、なかなか言うようになりましたな。惜しい気もしますが…」

 国民への責務は持つつもりだが王子としての地位に未練はない。カインが視線を鋭くするとキローゲは表情を変えずに首を振る。

「わかっております、変な気は起こしませぬ。また彼の少年の顔を見れるのを楽しみに待っておりますよ。なにせ養子とは言え孫のようなものです」

 王城に入る前に手続きをしたことはガザシからも聞いていた。姿勢を正してまっすぐに視線を交わせばキローゲもまた真摯に問う瞳を向ける。

「大事にせねば実家わがやに帰らせる所存ですので」

「心してかからせていただこう」

 その後目礼を交わすと王都から出発したのだった。





 その後無事に海辺の街ラーシェイを抜け火山を越えを控え、新たな旅の仲間を二人は迎える。

「マリナ、遅参致しまして」

 王都の下町食堂トワイスの女将をしていたマリナだ。実はガザシ直属の影部隊の一員でもある…が追いかけてきたらしい。

「マリナ?食堂は?」

「旦那を置いて参りましたので」

「マジか…」

 ちなみに旦那も影だった。今頃涙を飲んで食堂の料理を作っていることだろう。

「ナンオウでは自警団を運営しているとか?そこに参入させていただきたく存じます」

「左様で…」


 宰相とカインのやり取りを黙ってみていたガザシはおっかない婿と舅だなあと思っていたが、さらに影として支えてきたマリナまで加わり胃が痛いと腹を撫でる事になる。代わりに二人の食事情はぐんと向上したわけである。しかし初めはカイン寄りのやや嫁に厳しい目線でいたマリナが、美味しさと共に身体の事を考えた食事を作る少年に考えを改め更に遠距離になった旦那と通信できる魔道具をもらい、すっかり嫁贔屓になるとはガザシにもカインにも予見できなかったのであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る