第142話 義父子(おやこ)の語らい。

 壮行会のような激励会のような、宴の終わり。片付けを手伝った後で僕はガザシさんとサシで呑んでいた。こちらの世界では成人を迎えているので問題はないけど、お母さんの教えもあり誕生日の酒宴は慎んで辞退した。

 初めての酒は甘く、幸い僕の口に合いとても美味しい。量を過ごせばどうなるかはわからないが。あまり強くないお母さんの血だから呑み過ぎには要注意だからねと何度も重ねて言われたから、ごく軽いものをコップ半分にも満たない量でお付き合いしているだけというところだ。それでもガザシさんは嬉しそうな顔で、こちらは大きなコップでごっきゅごっきゅと威勢良く飲み干している。

 そうしてしばらく黙って飲み続けちびちびなめるようにして飲んでいた僕のコップ酒も底をつく頃、ガザシさんが切り出した。


「観光旅行は楽しかったか?」

「はい、何もかも珍しくて面白くて…カインさんには、迷惑かけてしまったかも知れませんが」

 他愛ない日常的なことも、非日常なことも、道中すべてが楽しかった。ただ、護衛として兄貴分としてついてきてくれたカインさんにはとてもお世話をかけてしまったと思う。そうこぼすとガザシ父さんは苦笑する風にして、また酒を干した。

「…いや、あいつも楽しんでいた筈だ」

「そうでしょうか…そうだといいんですけど…」

「ああ、そうだ。坊主といると本当に…楽しそうに笑ってたからな」

「それなら、良かったです」

 静かな時間を酒の爽やかな香りが抜けていく。


「明日すぐ、行くのか」

 ぽつ、とこぼれた問いに僕もぽつ、と答える。

「…はい」

 自分の中で決めた色々なこと、決意が鈍らない内に王都へ…精霊を解放して協力を得てカインさんを助けるために。ううん、傍に居たいから。

 言ってないことがある。打ち明けられないことも。だけどガザシさん…ガザシ父さんはまっすぐに見つめて僕に頭を下げた。

「……カインを…頼む」

「っ、…はい!」

 カインさんの親代わりを自負するガザシさんの想いも背負い僕は進む。信頼と親愛を惜しみ無くくれたガザシ父さんに胸を張ってカインさんを連れて帰ってくる、そのために。



「その顔を見るとようやく気づいたか?」

「へ?何です?」

「恋愛感情を持ってるってことだよ」

「へぁ!?えっガザシ父さん知ってたんでしゅか!?」

「…まあ、あんだけ見てりゃわかるだろ」

「ぎゃー自覚なかったのに、僕そんなにカインさんのことを…!」

「ん?」

「え、あの、僕がカインさんを好きってことですよね?」

「あ。あー、おうそうだぜ?」

「ですよね。うわあ恥ずかしいなあ」

 何やら照れ臭そうに身をよじるが、ガザシはぽりぽりと頬を掻いて呟いた。

「あんだけ明から様なアプローチされて気づかんとは…前途多難だな、カインも」

 両片想い状態を察して苦笑するが一方で少し安堵したものである。可愛い息子が恋をして手元を離れると言うのは感慨と共に一抹の寂しさをももたらすものだから。二人とも息子なのだからことは更に複雑であり、寂しさは二倍となるだろう。そんな気持ちからついつい小声で悪態をついてしまう。


「ふん、まあ俺から息子をかっさらおうてんだ、簡単にさせるかよ」

 乗り越えてくれることを信じているからこその憎まれ口を置き去りにするように、その日ガザシは最近できたばかりの息子が切り上げた後も遅くまで酒を飲んでいた。

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