第87話 湯けむり旅情。

 湯煙に覆われた視界はあまりよくないけど、壁や床に大正モダンなタイル模様が微かに見えた。

 奥にはステンドグラスがあるみたいで一日の終わりの溶けそうな赤い夕日に透かしたきれいな色が落ちてくる。

 中はけっこう広くてステンドグラスの向こうにも露天風呂が続いているようだ。

「うわあ…きれー……」

「ふふ、ここにして良かったね。体洗ってゆっくり浸かろうか」

「はい!モリーも洗ったげる。こっちおいで」

「ヂュヂュ…わかったでそう急かさんでくれんかの。ヂュー、つるつるしとるからっ、ウヂュー!」

 早く洗って温泉に入りたいと呼んだら焦ったモリーがくるくる前転して僕の足元に滑ってくる。

「ああっも、モリー!」

「ははは!」

 そのまま掬い上げてもしゃもしゃ洗ったけど。

 お風呂の床は湿ってるから滑りやすいけど…主従って似るんですかね?


 今日はモリーも加えて二人と一匹並んで背中を流し合いっこしてから大きな湯船に並んで浸かった。

 モリーは溺れるんじゃないかと思ってたらい湯船を用意しようとしたんだけど、なんとモリモは泳ぎ得意なのだそうな。

 僕とカインさんの間を行ったり来たり泳いで遊んでるよ。

 体力もあるので遠泳とか平気でして大陸を渡ったりするんだって。

 モリモすごい。凄くすごい。


 ステンドグラスの扉を開けて半露天にしてのぼせないようにしながら温泉を堪能する。

 こっち側には建物もなくて遮られずに星空が見えた。

「もうこんなに星が出てたんだ…」

 いつの間にか紫紺色に染まった空に瞬く星々に感嘆の溜め息がもれる。

 月の光にも負けない光がここまで届いて、綺麗だ。

「いっぱい歩いて疲れただろう?足をマッサージしよう」

「ふぇ?…っわ」

 カインさんに足を持ち上げられてビックリする。

 膝の上にのせられて大きな手で揉み解されていく。

 一応手拭いみたいな布で隠してはいるんだけど、はっ恥ずかしいい。

 でもぐいぐい揉まれてそのうちだらりとリラックスしてくる。

「ん、っ…カインさん、揉むの上手いですね……」

「…そう?気持ちいい?」

「は、い…」

 なんだか目を開けていられなくなってきて目蓋が下りてきた。


「……………」

「ん………」

「……………寝ちゃった、かな…?ってえ?」

 カインさんが頬を撫でると手が冷たくて気持ちいい。

 あはは一緒に温泉に入ってるのになんでだろぉー?

「はうぅ………」

 モリーもカインさんと反対の頬を触って、ああちっちゃい手がもふもふ、いやモリモだから手じゃなく脚かなぁー?

「うーん…、きゅう」

「主?…ヂュヂュー!のぼせてるのじゃ!」


 大慌てでカインさんに運ばれた僕は結局そのまま朝まで気絶してねていたのだった。

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