第72.5話 デリカとカイン。
「まさかカインさまがこちらにいらっしゃるとは思っていませんでしたよ」
「………………」
隠蔽の魔法を施しながらデリカネーヤが言う。
こっちだって魔法部隊長にこんなところで会うとは思ってもみなかった。
王都にいた頃世話になったとはいえ行方を告げて出ていくような仲でもなかった。
特別に仲が悪かったわけでもないが…。
黙然と口をつぐんでいると相手の方も苦笑するように眉を下げる。
「そうですね…特に私はあなた側の派閥の人間ではありませんでした。あの頃の魔法部隊は中立と言う立場でしたから…」
それでも俺が黙ったままでいるとデリカは魔法に集中し始めた。
淡く黒い光を纏う手をかざすと頭上の耳がぴくりと震える。
ふわふわと短い披毛に包まれた大きな三角の獣耳はここナンオウではよく見るものの王都にはほぼないものである。
特に王族にはあり得ないとされていた。
しかし、自分にはある。
それ故か俺は系統魔法が不得意だ。
いわゆる属性魔法は生活魔法程度なら扱えるがそれも今は使わずに過ごしている。
否、使えないのだ。
「………魔法は使用していないのでしょうね。今日これまで隠蔽は緩んだ気配もありませんでしたから」
隠蔽の重ねがけをし続けながら、デリカは少しだけ怪訝な様子を見せる。
それもそのはず、余計な魔法を使わなければ隠蔽は解けないのだ。
だが更に重ねがけを頼むと言うのは奇異に映ったことだろう。
「………彼を守りたいから」
異世界から落ちてきた少年は魔力甚大な能力の高い子供だ。
だがその力と反比例するかの如く精神は…大人ぶっているだけのようにも見えた。
悪ぶるでもなく無邪気でありながら周囲を気遣う少年は大人びてしっかりして見える。
けれどあの日この腕の中で泣いていた彼は実年齢より幼くも感じられた。
こちらでは成人する頃ではあるが細いその肩を支えられる存在でありたいと願ったから、多少の魔力発動で解けない強力な隠蔽を欲した。
俺の頼みを聞いたデリカは一瞬黙した後うなずいた。
こうして人目につかぬよう寮の自室で術を施してもらっているのだが、理由に納得がいった風でもなかった。
微かに首を捻るようにして呟く。
「彼を、ですか…」
この国に役職を負うものはあれど貴族平民の選民意識は薄い。
だが血筋というものに何らかの意味を見いだそうとする向きがないではない。
例えば王族のように。
「………俺はもう王子ではない」
「…あなたがそう思ったとしても、王族籍から抜けてはいませんから」
「……………」
「完了です。生活魔法や身体強化ぐらいなら解けませんよ。それと、今の野良騎士を辞められるのは喜ばしいことですが…正式に彼の専属になるのでしたら王都で手続きをなさいませ、王子」
「…………わかっている」
野良騎士というか傭兵の真似事と言うべきか。
そんな不安定な立場から脱却するのはいいがきちんと手続きをするには王都に行かねばならない。
止められなかったことにほっと安堵するが顔見知りに会いかねない王都行きに憂鬱を感じずにいられなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます