2輪: 時凍る彼方の錯綜

 胤獣いんじゅうと名乗るペンギン(名前はハムタロス)をゲットしたわたしは、栄町から中央を通って、葭川よしかわを渡り、富士見のナンパ通りへ。


 ハムタロスは、しきりにわたしの魔術流派マジカルスタイルを訊ねてきたけど、冥世みょうぜ仝儕はらからと戦えばすぐに分かることだから放っておいた。

 そんなことより、魔法少女専用コミュニケーションアプリ「MAGICALINEマジカライン」で同じクランの子からメッセが届いてる。


>NO出現注意報発表、警戒Lv.2:避難準備 一人で退治に出掛けるのは危ないかも


 NOというのは“名うて等ノートリアスワンズ”のこと。日本語読みから「ナウテラス」とも。

 名うて等なうてらは、冥世の仝儕の中で固有名を持っている連中。

 固有名があるってことは、少なくとも、そう名乗っているか、わたし達と接触した機会のある連中だから、一般の冥世の仝儕より手強てごわい。


 わたしの所属してるクラン『Overlordオーバーロード Mustマスト Dieダイ』、通称オバマスは、この名うて等を専門に退治するチーム。

 仝儕退治のクランの中では、Aランクに入る強者が揃う有名なチーム。

 ちなみにわたし、Aランク・クランに所属した最年少記録保持者。これで幼稚園の時にテレビ出演しました。

 有名人、なのですっ!


 警戒レベル2の注意報、全く問題ないですね。

 一応、ウェザーニューズのマナリポートch.を覗いてみる。

 ──千葉市中央区の瘴気しょうき:晴時々曇 降魔確率:10% 瘴度:64% 降魔量:0mnm/h ※濃瘴注意報

 確かに、瘴度が多少高いのは気になるし、注意報は出てるけど、警戒レベル2が発令されるような魔象予報じゃないの。

 確認の為に魔波探知メイダーアプリも起動。

 目立ったMES魔力源も見当たらない。強いていうなら、ハムタロスの魔力が爛々らんらんと明滅して映し出されている、わたしの近くで。


 気にする程でもないのでナンパ通りを西へ。

 途中、ゲーセンに寄って胤獣ペンギンとプリクラ。

 普段だったらそのままスクランブル交差点に向かうのだけれど、右折した裏道から千葉三越方面へ。

 ここでもゲーセンに寄ってプリクラ。

 撮影してたらスマホからビープ音が。

 近くに設置済みの封縛ふうばく自動発動オートインヴォークしたのを知らせる音。

 メイダーを覗くとC-oneシーワンのスクランブル交差点付近で魔力反応。

 魔力30,000ミリマナ毎秒(mm/s)以上の数値。

 これはかなり高い値。確実にNO級。

 ゲーセンから飛び出て猛ダッシュ!そして、叫ぶ。


『リリカル・マサクル・グリモワールッ!』


 MagiPhoneメイジャイフォンの画面をフリック、魔法少女プエッラ・マガアプリをタップして起動。

「変身!」

 起動音──スタンディング・バイ・・・

 目眩めくるめく光と音のファンタジー、大音量のBGMとエフェクト。

 スマホをベルトのバックル付近に当てると伸身捻り、刹那の時、マッパ。

 ──メタモルフォーゼッ!

 眩しい程のメタリック・ショッキングピンクのプロテクターを覆い、右手を鷲掴むように天高く掲げる。

 ──チェーンジ・ウィッチ・アームド・フェノミナン!

 魔法少女具足流妓アームドモード完成!


蓮池はすいけに咲くピンクの大輪の花、魔法少女まほうしょうじょ魔斗華まどか悪者わるもの殺す!皆殺みなごろす!大正義執行の為、舞い殺します!」


 変身ポーズと口上を決めると背後で大爆発。

 もうもうとピンク色の煙をあげているけど、封縛の範囲内だから大丈夫。

 背後にある日高屋はぐしゃぐしゃになってるけど、封縛を解く前に修復魔法をかければ元通り。


 ──ところで冥世の仝儕は?


 封縛の中では魔力を持たないモノの時は凍る。

 その封縛の中に動きがない。

 ──いない!?

 ドコなの、冥世の仝儕は?


「これはこれは、お嬢さん。この封縛の紡ぎ手は、君かな?」


 京成電鉄の高架上に佇み、スクランブル交差点を見下ろすヒューマノイド。

 夥(おびただ)しい魔力を帯び、発している。

 ──なぜ、封縛に囚われていないの?


「ふふ、私が何故、君の封縛から逃れられているのか、不思議に思っている。違うかい、お嬢さん?」


 ──ハッ!

 見抜かれている。


「いいえ、そんなことは思っていないわ。ただ、あなたをどうやってブチのめそうか、思いを巡らせていただけ」

自動発動オートインヴォーク。自動発動型の封縛や鬪洞とらは、魔力の発現から空間への結界具象化に迄、タイムラグが生じます。

 余程、広範囲を対象とした結界域とするか、発動条件を数多あまた重ねるか、私を特定して発動でもさせない限り、私を捕らえるようなど出来ませんよ」

「それなら今直接、封縛で閉じ込めてあげる!エンバディ・スフィ……」


 ──!?

 消えた。

 今の今まで高架上で佇んでいたのに、一体ドコへ?


「魔斗華、アブない!」


 ハムタロスの声。

 とっさに身を屈め、左後ろに体を入れかえ、かわす。

 ──ッザン!

 頭上を紙一重。

 薙ぐように、不可視の、でも、魔力が鱈腹たらふく込められ、感覚の目に輝く刃が通り抜ける。

 その刃は巨大な鎌の様相を顕わにし、後ろにあった看板と壁をバターでもスライスするかのように切り裂いていた。

 まともにくらっていたら、プロテクターのフルフェイスも無事では済まない程の切れ味。

 ──それにしても・・

 優に10mの距離はあった筈なのに、そいつは今、横断歩道に降り、左手方向2mもない距離に迄詰めてきている。

 この動き、速さ。封縛外にあってはかなり…かなり厄介。

 ──どうしよう…


 交差点を歩いていた大勢の歩行者達がざわめき立つ。

 写メを撮る者、Twitterに書き込む者、仲間と雑談する者。あっという間に人集りへ。


 封縛の中であれば認識もされない、気付かれもしない。

 でも、この仝儕は、封縛の外にいる。

 咄嗟とっさの回避でわたしも外に。

 互いに群衆に認知されてしまった。

 衆目に晒される中、仝儕の名うて等と完全武装した魔法少女。

 これはいけない。周囲への影響が大き過ぎてしまう。


 ──それにしても、なぜ…


「ふふ、私が何故、鬪洞を張らないのか、妙に思っているだろう、お嬢さん?」


 ──またッ!?やはり、見透かされている


「魔斗華、深く考えちゃいけない!そいつは、人間の意識を、特に強い感情を読み取ることができるみたいだ」


 ハムタロスの助言。

 でも、考えるな、って凄く、とっても難しい。


「鬪洞を張らない理由を教えてあげましょう、お嬢さん。

 私の糧はね、人間の感情なんですよ。特に“負”の感情。苦痛や苦悩、不安や不満、恐れ、怒り、悲しみ、絶望、嫉妬、蔑み、嘆き。人間が、ネガティブと考え、内にひた隠し、しかし、強い原動力になり得る可能性を秘めた感情のエネルギーが、私の好物」

「?」

「分かりませんか、お嬢さん?こう言うことですよ」


 ほど近い群衆に大鎌を振るう。

 たまたま、偶然そこに居合わせた母子が、その兇刃によって斬り伏せられた。

 バケツをぶちまけたかのように鮮血が飛び散り、辺りを恐怖に染める。

 見世物でも眺めているような、どこか暢気な雰囲気であった群衆が、一斉に悲鳴をあげ、逃げ惑う。


「む〜ん、トレビアン!人間達の悲鳴は、如何なる高級ワインよりも絶品」


「絶対に許さないっ!」


 仝儕に殴りかかる。

 渾身の力と魔力を込めて、大振りで力一杯、盲滅法めくらめっぽう殴りつける。

 その全てがヒラリヒラリと躱される。


「魔斗華、イケない!イタズラに体力と魔力を浪費するだけだよ」

「ふふ、そこの鳥類がいう通りですよ、お嬢さん。私がね、鬪洞を張らない、もう一つの理由を教えてあげましょうか?

 それはね、お嬢さん。君程度を相手にするなど造作もない、からなのですよ」


 大鎌をクルリと回し、石突きでおなかを突いてきた。

 かなりの強烈な衝撃を受け、3m近くノックバックした。


「さて、お嬢さん。そろそろ終わりにしましょうか。君の怒りを主食に、ついでにその魔力を食後酒代わりに飲み干してあげましょう」

「──うふ、うふふ」

「!?なにがおかしいのです、お嬢さん?あまりの惨事に、気でもれてしまいましたか?」

「かかったわね、この化物!周りを見てみなさいよ」

「──?…なにも変わった様子は…?」


 バックル代わりのMagiPhoneメイジャイフォンを再度フリック、プエッラ・マガ・アプリをロングタップ。

 起動音──マジカル・パージ!

 全身を覆う金属質のプロテクターの結合箇所にピンク色の光の筋が走り、ガチャリと音を立てて各部位が隔離、やがて、周囲360°あらゆる方向に分離したプロテクターが高速で弾け飛ぶ。

 ──メタモルフォーゼッ!

 弾け飛んだプロテクターの中から淡いピンクの光をまとった姿が。

 やがて光は集束し、レースクイーンを連想させるような布面積の少ない上下セパレート、ピンク・エナメルのチューブトップにホットパンツ、アームカバーにグローブ、レッグカバーにブーツ。

 ──チェーンジ・ウィッチ・ダンスド・フェノミナン!

 魔法少女舞子流妓ダンサーモード入場!


「あなたの愚行で、周りにいた人達は逃げ去りました。これで…全力を出せます。

 天より曼陀羅華まんだらげ摩訶まか曼陀羅華・曼珠沙華まんじゅしゃげ・摩訶曼珠沙華を雨して我に散じ、冥世の仝儕を超滅ちょうめっす」


 プエッラ・マガ・アプリをダブルタップ。

 起動音──アクセラレイター!


転生荷速アクセル・ターン!」


 周囲の時を置いてきぼりにし、肉体的、精神的、思考的、魔力的に圧倒的に極限的に加速。

 視覚は勿論、感覚でも数値解析でも決して追いつけない速度。

 色褪せた視界、凍り付いた時の流れ。

 まるで時が止まったような、一瞬さえもが長く長く感じる程の出来事。

 仝儕に攻撃。最初にジャブ、続いて右パンチ、左アッパー、フック、ボディ、再度ボディ、おまけにチン。

 ──ストーム・ブリンガー

 超加速空間での七連コンボ“嵐を呼ぶものストーム・ブリンガー”炸裂。

 名うて等の体が衝撃でフワリと浮かび上がり、程なく空中で静止。


 起動音──ターン・エンド!


 時は元の流れに戻り、色を取り戻す。

 中空でピン留めされた仝儕は、コンボの衝撃による慣性を取り戻し、勢いよく吹き飛び、高架下のファーストキッチン前の壁に激突。

 叩き付けられた衝撃で仝儕は、血を吹き出す。


「クッ…こ、これは…!?」

「幾らあなたが意識や感情を読み取る力があり、多少動きが速くても、わたしの荷速界アクセル・スピードには追いつけない。鬪洞も張らずに調子に乗ったあなたの負けよ」

「……フフ、フハハハッ!既に、“張らせてもらいましたよ”」

「!?」


 周囲の時が凍っている。

 魔力を持たないモノの運動が停止している。

 封縛と似たようなイメージ。違うのは、瘴気に満ち溢れていること、そして、この中では仝儕の魔力と身体能力は平時の約3倍。丁度、封縛とは逆の立場。


「お嬢さん。察しの通り、私は人間の思考と感情を読むことが出来ます。

 もっとも、私の見知らぬ魔術や技は、読めても推測の域をでず、先程の術に対応は出来ませんでした。しかし、今のはイケなかった。

 “鬪洞も張らず”と思われた時点で、対策法は自ずから分かりましたからね。ついでにッ!」


 仝儕の左腕に見ず知らずの少年が抱き抱えられている。


「“人質”を捕らせていただきましたよ。

 見知らぬ母子に対するあの反応。お嬢さん、君はこういうシチュエーションに“弱い”」


 絶体絶命のピンチ!

 ──どうすればいい、わたし…

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