ゴーストメイト

小雨路 あんづ

序章

深夜、廊下から月光でかすかに見える校庭は荒れ果てていた。


  はまっていない窓のむこうに見えるそこは以前と変わらず広大で、東京ドーム何個分と言われるような広さがあった。

 しかし、管理者のいない校庭は雑草やどこから種が運ばれてきたのか、大きなカシやなんともわからない樹木が成長を見せていた。その中から、りーんりーんと鈴虫が涼やかに鳴く声が聞こえた。


「ふぅ……」


 割られた窓ガラス、傾いた扉、瓦礫と埃に紛れてわずかな血痕が飛び散っている元は黄色かった床。そんな廊下を懐中電灯も持たずに月明かりのみで歩く。


 所々欠けたコンクリートが剥きだしになった階段をのぼって3階。

 のぼりきった階段の前には蛇口が3つ並んでいる洗面台の割れて埃で曇った鏡には、肩までの茶髪のどこにでもいるような平々凡々としたぼくの顔がぼんやりとうつる。が、それには意識もくれず、その向こうに見える景色に目を細めた。以前と変わらない、平穏な街並み。


「変わったのか」


 無意識に出てしまった言葉にゆるく首を振る。違う、変わらなかったんだ。変われなかったんだ。だから、ここは荒れて廃した。


 ゆっくりとした足取りで階段のすぐ横にある教室だった場所の前に立つ。


 踏み出した足にあたった何かを見てみれば、2ー3と書かれたプレートが瓦礫や何かのパイプにまみれて一緒に落ちていた。場を封じていたであろう、色あせた黄色と黒のテープは無残に丸まり埃すらかぶり廊下の隅へと追いやられていた。


「無様だね」


 一言呟いてから落としていた目線を上へと持ち上げる。荒れ果てた校舎であったこの建物の中でこの部屋だけ、妙にきっちりと閉じられた扉に目をやってから、足もとに落ちていた拳大の瓦礫を手に取る。


 かがんだ時、一瞬迷った手はなにを思ったのかプレートの文字の上の埃を拭うようにそっと撫でてから、ごつごつとしたそれをつかんだ。

 廊下と教室をわける、閉じられた比較的きれいな状態の窓が開かないことを確認してから、かかっている鍵の近くのガラスに手の中にある確かな重さを思いっきり投げた。


 今日の待ち合わせ場所は確かにここだから。


 重さの消えた手のひらを一度強く握ってから開き、がしゃーん! と大層な音を立てて割れたガラスの隙間へと伸ばす。

 そこに滑り込ませ鍵を開け、全開にした窓枠に手をかけ中へと入る。


「痛……」


 砕けたガラスが残っていたのかかけた手のひらがちくりと痛んだ。踏んだことで下に散っていたガラスの破片が軽い音でさらに砕けたのに対し、音も立てず落ちていく赤い雫にどうせすぐ止まるだろうと気をそらした。



 教室だった場所の中央に向かう。 

 椅子や机などは運び出されているのに、大きくてちらほらと扉のはずれているロッカーは置いてあった。


 そこに立つと、入ったときから感じていた昼間の熱気がぐわりと強く僕を襲った。

 熱くて、湿っぽくて、カビくさい。

 その中に、誰だかもわからないたくさんの楽しそうな笑い声を聞いた気がして、こみ上げてくる何かに目を閉ざした。


(12年前、ぼくはここにいた。確かに、存在した)


 廃校以来、久しく使われていないストーブの排気口を通して風が強く鳴いた。 

 

 あぁ、まるであの頃のようだ。


(懐かしい、あの頃がかえってくるようじゃないか)

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