第二十七回 黑の書ってなぁに?

【初めに】


 皆さん、黒歴史ノートを作ったことはありますか。

 僕はあります。昔、白い本ってのが流行っていたんですけどね。僕が中学二年生の時です。あれを手に入れてこう、小説とかアイディアとかゴチャゴチャと書き込んでいたものです。多分家のどこかにまだあるのではないでしょうかもう絶対見たくないけど。

 皆さん、他人の黒歴史ノートを見たいと思いませんか。

 見られるんです、そう……黝之神根院書局刊行の「黑の書」を買えばね。

 黒歴史ノートというとあんまりにもあんまりなので真面目に紹介すると、こちらC.A.スミスの創作ノート・メモの日本語訳を全てまとめた素敵な本です。

 盛林堂書房さまから150部が販売されておりました。

 そう、150部。限定品です。

 既に販売も終了されていてね……今更紹介して何になるんだって……思う方も多いかもしれませんね。これがあるんですよ。とても大きな意味があります。

 今回はまあ150部全部出荷されたんですが、150部全部出荷されたということは、次に類似の企画が発生する可能性は捨てきれないんですよ。

 例えばもし盛林堂書房さまの次の企画において、珍しい本を200部刷ってみようってなった時にですよ、ここで「黑の書」を知った人間がその売上に貢献したらとても嬉しいわけですよ。


 はい、なので今から他人様の黒歴史ノートを読むのはとても面白いよという話をしたいと思います。気になったらみなさんも次の企画の時に購入してみてください。黒歴史ノートを作るのも楽しいです。みなさんも是非作ってみてください。


【C.A.スミスってだぁれ?】


 せっかくなのでここからやっていきましょう。C.A.スミス。クラーク・アシュトン・スミス。作家、イラストレーター、彫刻家、詩人。マルチな才能を発揮したアメリカの芸術家であり、ラブクラフトの友人でもあります。父やラブクラフトの死をきっかけに文章からは離れて彫刻をメインに創作を行うようになりますが、最終的にはそれもやめてしまいます。元から詩を愛好していたこともあってか、その幻想的な作風から生み出される邪神はいずれも魅力的で、僕の大好きなツァトゥグアやルリム・シャイコースなどは、彼の創作によるものです。

 今回ご紹介する「黑の書」においても、詩のアイディアが幾つか掲載されていたりします。訳が良いのか、特に詩については彼の豊かなイマジネーションが活き活きと弾けるパワーワードの数々が飛び出しており、単純な幻想的世界を見る力に関しては最強の男と言っても過言ではないかと思われます。


【黑の書の内容】


 小説の構想、詩作の試作品、世界設定、スミスが文芸誌に残した自らの知見、コピー誌の宣伝文句などがあります。

 基本は年代順ですが、元になったノートもあとから新しい記述が入ったり修正したりがありますから、完全な時系列順というわけではありません。基本は年代順なので、様々な内容がとりとめなく散らばっています。それとどうしても元の英語が分かりにくいことやとりとめない内容なので、可能な限り分かりやすく訳していても読むのにも引っかかりを感じるかと思われます。

 それ役に立つの? と聞かれてしまうと難しいのですが、役に立てることはできます。私にとっては非常に役に立つ内容が多く、小説構想は現在出ている作品との繋がりが推測できますし、詩想は単純に美しく物語の参考になると思います。ここをわざわざ読んでいる人には絶対に役に立ちますね。こういう記事をノリノリで書いている私も、黑の書の内容を各種実験に役に立てています。この実験が生きるのは多分来年くらいですね。そっちも楽しみにしてて欲しいですし、今やっているいくつかの実験作も手が空いたら読んでみてください。いや面白いと思うんだけど読んでもらう為の調律と自分が思っている面白さを伝える調律が甘いので、多分アイディア集読んでるような気分になれて面白いですよ。こちらは現在進行形の黑の書みたいなところがありますね。


【小説】


 小説のね……アイディアはね……。既に発表されているスミス先生の作品が一番面白いですよ……アイディアを一番おもしろい形で纏めたものが小説として発表されているから当たり前ですね。

 本の内容にあまり言及してしまうのも無作法なので詳しいことは言えないのですが「記憶を取り戻したことがスイッチになって前世に受けた呪いが作用する」「そうなった理由は前世で愛する女性の為に大きな時間犯罪を犯したからである」とか、パーツ取りに使える話はいくつもあるんですよ。話全体としてはとりとめがなかったりインパクトが無かったりするのですが、流石にノートにメモをしているだけあって「これは……」というワンギミックがあるんですよね。そういうのを丁寧に掘り下げていくと良い参考になるとおもいますよ。


【詩作】


 これはもっとシンプルに分かりやすく有用です。

 なんか格好良いワードを引っ張ってこられる上に、それと同じ内容を知っている相手は居ないので、さも自分が考えたオリジナルのようにC.A.スミスの言語センスをお借りすることができるわけです。小説などで何も言わずにまるっと持ってくるとあまりに無作法なのでちゃんと引用したことは触れておくと良いです。少し改変したりするならまあそこはオマージュですから、怒られることもないと思います。。TRPGのシナリオのタイトルとかでも格好良くていいと思います。これだとまあ仲間内の趣味ですし、そのまんまでも怒られません。なんにせよパクリはいけませんよパクリは。翻訳された文章の著作権は翻訳者に帰するものです。気をつけましょう

 格好良いワードの一例として早速引用するのですが、この本のp.81に「汝の殺された絶望の惑星」というフレーズがあり、これが個人的にツボでした。このフレーズの入った詩の全体も当然載っているのですが、この一語だけなんとなく浮いた感じだったんですよね。発表前の構想段階だったせいかもしれません。


 さて、このフレーズをどうやってタイトルにしようか。


 汝の殺された絶望の惑星。わざわざ惑星っていうからには宇宙を旅したのかな、その途中で死んだのかな、誰に殺されたのかな、神の視点で話しているのかな、様々なワクワクが湧いてくることでしょう。じゃあそのまま使おうかな? それも悪くないですね。趣味の作品ですし。特にこの「絶望の惑星」ってフレーズは良いですよね。僕の中の中学二年生が大喜びしています。「†絶望の惑星ソラリス†」とかやりましょう。ちなみに†は絶滅した動物の種類を表記する時に使われるらしいので滅びをイメージする言葉を扱う時には†とか良いと思いますよ。注意なのですが「†そは永久に横たわる死者にあらねど測り知れざる永劫のもとに死を超ゆるもの†」とかやると「死んでねえじゃねえか!」って怒ります。僕が。

 

 さて、元の話に戻りましょう。あなたがシナリオを見せられた時、「汝の殺された絶望の惑星」と突きつけられたらどのように思うでしょう? 「俺の? 星? 殺された星なの? 俺が殺されてるの?」ってなると思います。あとなんか「の」が続くのも格好良く読み上げづらいんじゃないかって不安になった人も居るかと思います。

 それでは「汝、殺された絶望の惑星」としてみましょう。意味の揺らぎを消して汝は星! 罪ありき! します。そう、これを見た人は星になるのです。あの空に輝く神話の星に……思い込んだら一直線。不真面目な話をするととりあえず「汝、~」って区切ると格好良いじゃないですか。本来の詩からすると「汝の」じゃないとまあそれはそれで問題があるのですが、あくまで題材を頂いた別物ですので、大胆に変えていきましょう。タイトルは読んでパッと分かる方が良いです。二重に意味を込めても良いんですが、二重に意味を見出してもらえるほど愛着を持ってもらうのが前提ですからね。


 では次です。「殺された」というワード。中二病としてはそこそこありますが、まだ隠された刃があります。「しいす」という言葉があります。これは目下の者が目上の者を殺すという意味です。なんということでしょう。罪深き反逆者です。あなたの中の中学二年生も大喜びですね。僕の中の成人男性も大喜びです。

 ここで「汝、弑された絶望の惑星」になるわけです。なんかむしょうにワクワクしてきますね。私もワクワクします。あとは任意のルビを振って中学二年生を喜ばせましょう。好きな星の名前を惑星の部分に入れると良いと思います。この際、恒星の名前を入れてしまうのはありがちな中学二年生的ミスになるので気をつけましょう。私なら「汝、弑された絶望の惑星ソラリス」とかやってしまいます。ソラリスは人間に昔日のニュートリノを見せ希望と絶望の彼方へ連れて行く惑星ですからね。絶望の惑星と言っても過言ではない。勿論マーズでもハーキュリーでもジュピターでも大丈夫です。君だけの惑星で差をつけよう。


 といった具合で黑の書を運用するととても楽しいです。どうみても(私が)楽しそうでしたね? みなさんもこのように楽しめると分かった以上黙っている手はありません。次なる黑の書チャンスに向けて鵜の目鷹の目で待ってみてはいかがでしょうか!


【最後に】


 まあ弱い人々が得体のしれない何かによって虐げられてこそホラーですし恐怖してもらってこそホラーなんですが、そのパートをごっそり削ったダイナミック霊能者物を書いたんですよ。ホラーの材料なんだけどビックリするほど怖くないという困った結果(困ってない)になってしまいまして。この作品なんですけどね。

 https://kakuyomu.jp/works/1177354054903314222

 じゃあまあわざわざ発表しなくても良いんじゃないかって思うかもしれませんが、このweb全盛の時代に発表して残しておけばあとから創作ノートみたいな感じで役に立つじゃないですか。20世紀のアメリカで発生した創作ノート「黑の書」はあとから志高い版元の方々が努力しなくちゃ我々の手に届かないんですが、僕の創作ノートは発表しておけば僕の手元に残るんです。そういうところに価値があるんですよ。みなさんもまあ書き留めるだけ書き留めたら出すだけ出してみたりすると良いですよ。「腕の良い霊能者が未来からの呪いを電子機器使って破綻させたあと、得体のしれない存在をクトゥルー神話のテクスチャーに押し込んで退散させる」「ホラー作品恐怖パート抜き」って書くだけで終わらせるくらいならまず簡単に話に残した方があとから応用の幅が違いますから。解決編は何文字あればできるか、真面目に仕事で霊能者をやっている人間の人格はどのようなものが推測されるか、電子機器を用いた呪詛破りのアイディアってどんなものがあるか。試験運用しておけばいくらでも流用できますからね。

 まあワンアイディアでとりあえず書くだけ書いてみるか~が難しいのは事実なんですが、纏まったりしなくていいのでやってみるだけやってみて、止まったらそこでノートなりなんなりに放り込めばいいんです。止まってしまったというのもそれは一つの実験結果であり、なにがしか役立つものになりますから。そう、黑の書のようにね。


 それでは皆さん今日はここまでです。

 くれぐれも次回まで闇からの囁きに耳を傾けないように。

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